内容紹介
現代は,人間と自然,生命などをめぐって多くの困難な問題が山積している時代である。しかし,そうであればこそわれわれは,問題の歴史的かつ本質的な根源に遡って,「人間・自己とはそもそも何か」,「自然ないし自然・本性とは何か」ということについて根本的に問い直してゆくことが必要であろう。本書は,西洋精神の礎であり支柱である教父たちの文脈に即して,人間,自然そして神をめぐる主要なテーマを重点的に吟味し探究したものである。アウグスティヌスと東方教父との両者を視野に収め,それぞれに特徴のある,しかも同根源的な「愛智の営み(哲学)」=「神への道行き」の姿を一書において論じている点,従来にない画期的なものである。こうした書は,混迷を深める現代に新たな知の地平を開くよすがとなりうるであろう。専門書としても一般人向けの書としても,小さからぬ価値を有している。
目次
はしがき
序章 教父の伝統の指し示すところ 無限なるものへの眼差し
第一部 アウグスティヌス
第一章 出会いと驚き 探究の基本のかたち
一 自己自身が謎となること
二 愛の発動 愛智の道行き
三 信・信仰という端緒
第二章 確実性の問題 うちなる超越
一 懐疑論批判
二 うちなる超越
三 確実性のかたち
第三章 記憶と自己
一 知の両義性
二 記憶の階梯
三 幸福の記憶と神の記憶
第四章 時間と志向 精神の発見
一 創造と時間
二 記憶・直観・期待
三 精神の志向的かたち
第五章 悪の問題 自由とその根底
一 欠乏の国
二 自由・意志と悪
三 意志の背反と罪
第六章 創造と罪
一 人間の創造
二 原罪の成立
三 人間の「在ること」の「より大、より小」 罪の存在論的な意味
第七章 神の似像の再形成
一 神を受容しうるもの 不死性に与る可能性について
二 神の似像の成立構造
三 全一的交わりと他者 うちなるキリストの発見
第二部 東方・ギリシア教父 ニュッサのグレゴリオスと証聖者マクシモス
第一章 愛の傷手
一 愛智の発動
二 自己還帰的構造
三 信・信仰の志向的かたち
第二章 神名の啓示と自己超越
一 神(ヤハウェ)の名の啓示 存在への問い
二 否定神学的な知の構造
三 絶えざる自己超越(エペクタシス)
第三章 自由と善
一 自由な意志・択びと自己変容
二 善の超越性と不断の創造
三 人間的自由と神的働きとの協働
第四章 情念、罪、そして自己変容
一 情念と罪
二 情念の浄めと自己変容
三 「魂の三部分説」の受容と展開
第五章 人間本性の開花・成就への道 「神と人間との協働」と「信」
一 「善く在ること」の成立
二 神の受肉したかたちとしてのアレテー
三 神と人間との協働 信・信仰の類比に従って
第六章 愛による統合と他者 全一的交わりのかたち
一 アレテーの統合と愛
二 創造における人間の役割
三 神の受肉による万物の再統合
四 他者と絶対他者
第七章 受肉と神化 うちなるキリストの発見
一 神化の意味と射程
二 神化の道の階梯
三 受肉をめぐる論の歴史的概観
四 受肉と神化との関わり キリストにおける二つのエネルゲイア
五 神人的エネルゲイアの現存 根源的経験から、その根拠へ
六 受肉の現在 結語に代えて
註
参考文献
あとがき
索引