「専売建築」と妻木頼黄 「標準化」の思想と実践

著者名
西山雄大
価格
定価 7,480円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0381-3
仕様
B5判 上製 242頁 C3052
発行年
2025年3月
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内容紹介

明治期に活躍した官僚建築家である妻木頼黄(つまきよりなか)(1859–1916)は、当時の本邦建築界の中心的存在だった辰野金吾(1854–1919)に対峙した存在として知られている。英国流の辰野に対する独逸流の妻木、辰野の日本銀行本店本館(1896)に対する妻木の横浜正金銀行本店本館(1904)など、両者を巡る対置的な図式の中心軸にあったのは、帝国議事堂の設計案をどのように選定するかという命題だった。そのため既往研究の多くでは、妻木が明治20年代末以降に主導した大蔵省傘下の営繕組織の系譜や官庁営繕の沿革についても、議事堂建設に至る道程として描かれている。

その一方で、妻木ら大蔵省営繕組織は、煙草と塩の専売制度の施行を支えた施設群「専売建築」の計画・整備についても一貫して管掌した。これは、日清戦争後に始められた建築事業であり、数か月単位の短い期間での計画策定と工事実施の繰り返しにより、日本全国を網羅する施設群が整備された。この「専売建築」は、元の施工数の多さもあり現存事例が瀬戸内海沿岸をはじめ各地に点在している。郷土史やたばこ文化史、あるいは産業史の観点から個々の現存建物の調査報告や紹介は見られるものの、これまで体系的な建築史研究の対象とされてはいない。

本書は、「専売建築」に求められた短時日での同時多発的な施設計画を可能にした要素として、妻木以下の組織を挙げた「標準化」への志向を検討の起点に据える。「標準化」や「標準設計」の取り組みとしては、鉄道駅舎(停車場)建築など同時代の事例が他にもあるが、妻木らによるそれは対象範囲の設定や運用手法において異質なものと言える。その計画の具体相を、関連する法令や諸制度の整備、人員調達や配置などの組織運営、技術・意匠に関する姿勢といった、ヒト/組織/モノの相関性から実証的に読み解き、明治後期から大正前期にかけての建築の近代化過程を新たな視角から捉え直す。

目次

序章 課題と視角
 
 第1節 本書の目的と背景
 第2節 既往研究の成果と本書の視座
  1 妻木頼黄・大蔵省営繕組織に関する研究
  2 標準設計に関する先行研究
    住宅建築における標準設計/学校建築における標準設計/郵政建築・電電建築の
    標準化/鉄道駅舎(停車場)建築における標準設計
  3 旧専売局の建築遺構についての研究
    各県の近代化遺産調査報告/建築学分野外からの視線
  4 本書の視座と意義
 第3節 本書の調査方法と対象史資料
 第4節 本書の検討対象と構成
 
第1章 大蔵省営繕組織の編成と実態
 
 第1節 臨時葉煙草取扱所建築部の編成
  1 基礎資料の紹介と評価:臨時葉煙草取扱所建築部建築一班
  2 官制の制定と部署構成
  3 技術者の不足と対応策
 第2節 臨時煙草製造準備局建築部の編成
  1 基礎資料の紹介と評価:臨時煙草製造準備局建築部成蹟一斑 第二編建築部
  2 官制の制定と部署構成
 第3節 大蔵省臨時建築部の編成
  1 基礎資料の紹介と評価:大蔵省臨時建築部年報
  2 官制の改正と定員の増減
  3 その後の大蔵省営繕組織
    臨時建築部の縮小/官庁営繕の統一
 小結
 補論 大蔵省営繕組織の任免書・出張命令書
 
第2章 明治35 年提議の「営繕局」構想
 
 第1節 史料『営繕局設置ニ関スル書類』の紹介と評価
  1 史料の来歴と概要
    史料の体裁/花押の分析/資料各版の比較
  2 提出の経路
 第2節 「営繕局」設置案の提議内容
  1 設置案の構成
  2 設置案の主張と営繕局の位置付け
    大蔵省傘下への官庁営繕一元化/組織規模と編成の想定
 第3節 「営繕局」設置案のその後と影響
  1 設置案が実現しなかった要因
  2 営繕管財局設置への影響
  3 対案『工部省ヲ設置スルコト』
    資料の来歴と体裁/提案の内容
  4 10年後の再提議
 小結
 付録2-1 営繕局設置ノ要旨
 付録2-2 営繕局官制
 付録2-3 工部省官制案
 付録2-4 工部省建築局の管掌範囲その他
 
第3章 葉煙草専売所の施設計画  「専売建築」の嚆矢と標準化の詳細 
 
 第1節 施設計画の概要
  1 計画の基本方針
  2 専売所の構成
    本所の構成と建物の仕様/支所の構成建物と配置/出張所の構成建物と配置
  3 専売所稼働後の評価
 第2節 工事運営管理の手法
  1 現場監理の人員配置
    分業体制の設定/地方技術者への嘱託
  2 工程管理と様式・構法・材料の選定
 第3節 「西洋形」の意味と実際
  1 千厩事務所の来歴
  2 「西洋形」についての従来理解
  3 外観意匠
    軒板飾り/外壁仕上げ
  4 小屋組架構
    架構の実際と表記/ドイツ小屋との比較/施設計画の中での位置付け
 第4節 図面史料からみる出張所工事
  1 加茂出張所の来歴
  2 「葉煙草取扱所出張図面」の史料紹介
    史料の来歴と構成/正面図/平面図
  3 相互参照による史料分析
    平面の比較/正面および断面の比較
  4 史料評価
 小結
 補論 葉煙草専売所の施設運用指示
 
第4章  煙草製造所の施設計画  日露戦時下の制度施行とその後の段階的な施設整備 
 
 第1節 民間工場の徴収
  1 部員の統制
  2 調査班の派遣
 第2節 木造仮工場の新営工事
  1 工事の概要
    工事の準備/仮工場の構成
  2 日露戦時下の工事運営
  3 様式・構法・材料の選定
 第3節 煉瓦造製造所の新営工事
  1 工事の概要と設計趣旨
    長期的な施設計画/構法上の特徴/各地の製造所の仕様比較
  2 大正期以降の展開
    煉瓦造工事の継続と転換/関東大震災との関連
  3 工事の発注方式と監理体制
  4 専売局庁舎の工事
 小結
 
第5章 塩務局の施設計画  等級区分の細分化とその展開 
 
 第1節 塩専売所仮建物の新営工事
  1 施設計画の基本方針
    応急工事の仕様/広島臨時仮議事堂との共通項
  2 監理体制の整備
  3 仮庁舎の計画と塩専売所の等級区分
  4 葉煙草専売所の施設計画との関連
 第2節 塩務局の新営工事
  1 施設計画の基本方針
    局所の構成/工事運営管理の手法
  2 庁舎の等級区分と平立面の構成
    等級設定と基準平面/上下等級への展開
  3 各部の仕様と小屋組の比較
  4 塩専売施設の拡張
    専売支局塩倉新営工事/事務所面積の変則化
 小結
 補論 塩務局施設の運用実態  渡波派出所を例に 
 
終章 「専売建築」の実像
 
  1 大蔵省営繕組織の運用実態
  2 工事監理の実情
  3 様式への意識
  4 妻木による「標準化」の意味
  5 「専売建築」と妻木の組織構想
 
 まとめ  妻木頼黄による「専売建築」 
 依拠史資料・参考文献一覧
 あとがき
 索引

著者紹介

西山雄大(にしやま ゆうだい)
 
2013年、九州大学工学部建築学科を卒業。
2015年、九州大学大学院人間環境学府空間システム専攻修士課程を修了後、建築設計事務所に勤務。
2022年、同博士後期課程を修了、博士(工学)。
九州大学大学院人間環境学研究院(都市・建築学部門)学術協力研究員を経て、
2023年より静岡文化芸術大学デザイン学部特任助手。一級建築士。
 
専門分野:日本近代建築史
 
主な業績
「煙草・塩の専売制度創成期における建築計画」(2019年度日本建築学会大会(北陸)学術講演会)で
  若手優秀発表賞(建築歴史・意匠部門)[日本建築学会建築歴史・意匠委員会]
「塩務局所庁舎の等級区分と平面構成〜図面史料と現存遺構の比較から〜」(2020年度日本建築学会
  九州支部研究発表会)で建築九州賞 研究新人賞(建築歴史・意匠分野)[日本建築学会九州支部]

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