内容紹介
本書は、公立学校教員の労働条件および処遇改善の問題を、教員の「労働基本権の保障」の側面から再検討し、教員制度改革をめぐる今般の政策方向ならび方法論に一石を投じることを目的とするものである。その手掛かりとして、韓国の二大教員団体(労働組合である全国教職員労働組合と専門職団体である韓国教員団体総連合会)が行う「団体交渉」に着目し、それを支える法制度がいかに形成・制定され、展開してきたのか、その一連のプロセスを明らかにした。
教員の労働条件や労働環境の悪化は日本国内にとどまらず、世界に共通する課題であり、隣国である韓国でも教員業務軽減のための政策的・実践的動きは活発である。その特徴は、教員団体(Teacher Organization)、とりわけ労働組合と専門職団体が行う「団体交渉」が、教員の労働環境や教育条件整備に直接に影響力を発揮している点にある。だが、日本国内の先行研究では、このような海外の事例に対して比較的関心が低く、注目されてこなかった。
日本では、教員の労働基本権を制限する現行法制上の問題も存在するが、学術的研究においても海外の事例考察を含め、教員の労働環境、処遇改善の問題を「労働基本権の保障」との関連で考える視点は必ずしも十分とは言えず、今後も教員の「働き方」は、当事者である教員の声が捨象され、政治的判断や行政ルートで決められかねない。だが、教育労働が「自主労働」であり、労働者の労働条件は、個人の「生存権」ともかかわるため、使用者のみでそれを決定するのではなく、労使が「実質的」に対等な関係をもって、当事者とともに考えることが求められる。本書で分析している韓国の事例は、日本で議論されている昨今の働き方改革において見落とされがちな「当事者参加」の大切さを喚起させてくれるだろう。なおかつ、それは教員の労働条件向上にとどまらず、教育学の射程である「公教育の条件整備」にとっても不可欠なプロセスである。
本書は、ただ韓国の法制度の特徴を説明・紹介し、日本への適用・導入を提案するものではない。本書が重点を置くのは、教師の労働基本権保障の問題をめぐって、当事者である教員団体が常にジレンマ(労働者か専門職かというアイデンティティの問題)を抱えながら、いかなる経験(挫折と克服)を繰り返してきたのか、それが関係者のみならず、社会全体とどのように共有され、「法」の形成・改正、変化にまで至ったのかという過程を追い、労働組合と専門職団体の両方が「共存」することを可能にした「制度的条件」を探ることである。本書は、このような作業を通じて、教員政策・制度改革をめぐる日本の現状をより複眼的・全体的に眺められる糸口を提供する点に学術的意義があろう。