教師の権利保障と労働運動 社会変革に向けた韓国教員組合の歩み

著者名
鄭 修娟
価格
定価 8,470円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0390-5
仕様
A5判 上製 316頁 C3037
発行年
2025年9月
その他
第16回 九州大学出版会・学術図書刊行助成 対象作
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内容紹介

本書は、公立学校教員の労働条件および処遇改善の問題を、教員の「労働基本権の保障」の側面から再検討し、教員制度改革をめぐる今般の政策方向ならび方法論に一石を投じることを目的とするものである。その手掛かりとして、韓国の二大教員団体(労働組合である全国教職員労働組合と専門職団体である韓国教員団体総連合会)が行う「団体交渉」に着目し、それを支える法制度がいかに形成・制定され、展開してきたのか、その一連のプロセスを明らかにした。

教員の労働条件や労働環境の悪化は日本国内にとどまらず、世界に共通する課題であり、隣国である韓国でも教員業務軽減のための政策的・実践的動きは活発である。その特徴は、教員団体(Teacher Organization)、とりわけ労働組合と専門職団体が行う「団体交渉」が、教員の労働環境や教育条件整備に直接に影響力を発揮している点にある。だが、日本国内の先行研究では、このような海外の事例に対して比較的関心が低く、注目されてこなかった。

日本では、教員の労働基本権を制限する現行法制上の問題も存在するが、学術的研究においても海外の事例考察を含め、教員の労働環境、処遇改善の問題を「労働基本権の保障」との関連で考える視点は必ずしも十分とは言えず、今後も教員の「働き方」は、当事者である教員の声が捨象され、政治的判断や行政ルートで決められかねない。だが、教育労働が「自主労働」であり、労働者の労働条件は、個人の「生存権」ともかかわるため、使用者のみでそれを決定するのではなく、労使が「実質的」に対等な関係をもって、当事者とともに考えることが求められる。本書で分析している韓国の事例は、日本で議論されている昨今の働き方改革において見落とされがちな「当事者参加」の大切さを喚起させてくれるだろう。なおかつ、それは教員の労働条件向上にとどまらず、教育学の射程である「公教育の条件整備」にとっても不可欠なプロセスである。

本書は、ただ韓国の法制度の特徴を説明・紹介し、日本への適用・導入を提案するものではない。本書が重点を置くのは、教師の労働基本権保障の問題をめぐって、当事者である教員団体が常にジレンマ(労働者か専門職かというアイデンティティの問題)を抱えながら、いかなる経験(挫折と克服)を繰り返してきたのか、それが関係者のみならず、社会全体とどのように共有され、「法」の形成・改正、変化にまで至ったのかという過程を追い、労働組合と専門職団体の両方が「共存」することを可能にした「制度的条件」を探ることである。本書は、このような作業を通じて、教員政策・制度改革をめぐる日本の現状をより複眼的・全体的に眺められる糸口を提供する点に学術的意義があろう。

目次

序 章 本書の目的
 
 第1節 本書の課題
  (1)問題意識
  (2)韓国における教員(団体)の法的地位
  (3)本書の目的
 第2節 先行研究の検討
  (1)日本における先行研究
  (2)韓国における先行研究
 第3節 本書の方法
 第4節 本書の構成
 
第1章 国家公務員法における教員の地位
 
 第1節 教員の「特殊性」をめぐる国会での議論
  (1)公務員としての教員の身分
  (2)国家公務員法の改正による公務員の服務規程の変化
 第2節 大韓教育連合会の組織運営の変化
  (1)1960年代における教師運動の特徴
  (2)大韓教育連合会による教員倫理綱領の作成
 第3節 文教部による「教職団体法」の提案
  (1)大韓教連による会員確保に向けての取り組み
  (2)大韓教連による「教員団体」の役割定義
  (3)文教部の「教職団体法案」
 第4節 小括
 
第2章 教員労組結成の動きと「民主化」
 
 第1節 YMCA中等教育者協議会の「教師論」
 第2節 教師の権利保障に関する議論
  (1)教育権の主体に関する認識
  (2)教師集団の役割に関する指摘
  (3)教職観の変化
 第3節 大韓教育連合会の対応
  (1)文教部による「教育正常化方案」
  (2)大韓教連定款の変化
 第4節 教育民主化宣言と教師運動の全国的展開
  (1)教育民主化宣言と教育行政の対策
  (2)教育労働運動論の展開
  (3)民主教育推進全国教師協議会の発足
 第5節 小括
 
第3章 教育法改正運動の頓挫と教員地位法の制定
 
 第1節 教育関連法改正の頓挫
  (1)全教協の「教育問題」に対する認識
  (2)教育関連法の改正運動
  (3)全教協の教育関連法の改正案
  (4)大韓教連の教育法改正案
 第2節 労働法改正への戦略転換と葛藤
 第3節 労働法改正案をめぐる意見対立と与野党の立場変化
 第4節 韓国教員団体総連合会による教員地位法の成立
  (1)韓国教総による団体交渉権の要求
  (2)教員地位法の制定
 第5節 小括
 
第4章 教員労組法の成立過程
 
 第1節 教員地位法制定以降における韓国教総の変化
 第2節 教員労組の合法化をめぐる対立
  (1)組織内部のジレンマ
  (2)組織の運動形態に関する議論
  (3)組織運動の戦略転換
  (4)保護者団体の支持
 第3節 政権交代による影響
  (1)労使関係改革委員会の代案
  (2)最終合意案と「特別法」案の浮上
 第4節 教員労組法の成立後における全教組内部のジレンマ
  (1)韓国教総による新法の提案
  (2)全教組の「組織大衆化」に向けての運動
 第5節 小括
 
第5章 二大教員団体による団体交渉の機能と構造
 
 第1節 二大教員団体の団体交渉制度の比較
 第2節 韓国教総の団体交渉内容の変化
  (1)教員地位法改正への要求
  (2)韓国教総の交渉協議内容の分析
 第3節 全教組の団体交渉内容と教育権の保障
  (1)教育部による団体交渉案件の制限
  (2)教育監の選挙公約との関係
  (3)2015年団体交渉議事録の検討
   ① 教員の業務正常化
   ② 教員の勤務条件改善のための措置
   ③ 民主的な学校運営
  (4)団体協約にみる「教育権」の保障
 第4節 小括
 
補 章 団体交渉プロセスにみる「教育自治」の可能性
 
 第1節 労働法学の観点からみる教員(団体)の「参加」
 第2節 教育行政との緊張・連携関係
  (1)韓国における地方教育自治
  (2)団体交渉の対象
  (3)団体交渉の手続き
  (4)団体協約に関する法規定
 第3節 教師の「自主研修」をめぐって
 第4節 教育行政への牽制機能
 第5節 小括
 
第6章 全教組法外労組事件をめぐる紛争と裁判
 
 第1節 事件の概要
 第2節 組合員資格の範囲をめぐる解釈
 第3節 教育労働の特殊性と普遍性をめぐる議論
  (1)教員労組法2条の違憲可否
  (2)教員の身分と専門性の関係に関する見解
  (3)労働三権保障の意義  大法院判決の分析
 第4節 全教組による教員労組法改正運動
 第5節 小括
 
終 章 本書の意義及び今後の課題
 
資料紹介①
 教員労組法成立までの韓国の国内状況と教員団体の活動(1946~1998年)
 
資料紹介②
 2020年全国教職員労働組合ソウル支部・ソウル市教育庁の労働協約及び
 履行計画(主要部分)
 
資料紹介③
 法外労組通報処分取消[大法院2020年9月3日宣告2016ドゥ32992判決文]
 における多数意見及び補充意見の一部抜粋
  [多数意見(一部抜粋)]
   〈本事件の先決的な憲法上の争点〉
   〈憲法上の基本権である団結権の意義〉
   〈裁判所が行う憲法裁判の重要性〉
   〈結論〉
  [補充意見]
 
 引用・参考文献
 あとがき
 索引

著者紹介

鄭 修娟(ジョン スヨン)
 
九州産業大学国際文化学部専任講師。専門は、教育行政学、教育経営学、教育法学。
九州大学大学院人間環境学府教育システム専攻博士課程修了、博士(教育学)。
九州女子短期大学講師、九州大学大学院人間環境学研究院助教を経て、2023年より現職。
 
主要論文
「韓国における「教員労組法」の成立過程  全国教職員労働組合内部の議論を中心に」
  『日本教育行政学会年報』第46号(2020)(日本教育行政学会研究奨励賞受賞)

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