内容紹介
地政学とは、一般に対外政策において地理的条件を重視する考え方のことを指し、20世紀初頭に国家と領土に関する学問としてスウェーデンの国家学者チェレーンによって提唱された。本書では、20世紀初頭における地政学の成立から第一次世界大戦後のドイツにおける興隆、英米における展開を辿ったのち、1920年代の日本における地政学の受容とその後の展開、さらには戦後の反省について検討した。1920年代の日本の地理学においては、新興学問としての地政学を地理学の一部として認めるか否かが議論され、概ね、地政学は地理学の一部ではなく、応用的性格の強い政策指向的な分野として認識されていた。
ところが、日中戦争以降の戦時期になると、地政学は日本の生存圏拡大を方向づけるイデオロギーとしての性格を帯び、軍人・官僚エリートによる国策遂行のための運動・実践として位置づけられるようになっていく。この時期の地政学は国土計画を遂行するためのイデオロギーとして、皇道主義に依拠する思想戦の方法として展開された。また、教学の統制強化により地理的分野の教科書は地政学的内容を帯びるようになり、日本の生存圏拡大に伴う地理的知識の拡大に伴う地理・地誌的需要の高まりから、地政学は「ジャーナリズムの寵児」と形容されたのであった。
戦時下において脚光を浴びた地政学は、日本の敗戦とともに、国策遂行のための悪しき学問ないしは「似非科学」としてタブー視されることとなった。本書では、地理学者による反省と地政学に対する批判を検討するとともに、欧米において1980年代以降に活性化した新しい地政学についても紹介する。