プラナカンの誕生 海峡植民地ペナンの華人と政治参加
内容紹介
イギリス植民地下で自由貿易港として発展するマレーシア・ペナン島。この島を拠点に生きた華人たちが19世紀末以降、東南アジアと中国で秩序が大きく転換するなかで双方の地における積極的な政治参加を通じて越境を生きた過程を当時の新聞や雑誌など膨大な資料の分析により解明する。
越境者の政治参加は21世紀の今日においてますます重要な問題となりつつある。祖国を離れた人間が、越境性と混成性を資源に移民先に帰属していく過程を英領植民地下のペナンの華人の例に学ぶ。
目次
はじめに
序 章 東南アジアの華僑華人をとらえる視点
1 マラヤの華僑
2 先行研究の整理
(1) 「変わらざる中国人」の脅威とその相対化を図る同化論
(2) 華僑と華人の峻別
(3) 「華僑から華人へ」
3 「華僑から華人へ」という視点の問題点
(1) 一元的にとらえられるアイデンティティ
(2) 一人の個人に一つの国籍
(3) 常に中国との関係で規定される華人性
(4) 固定化される華僑イメージ
(5) ペナンから論じることの意義
4 本書の視点
(1) 用語の定義
(2) 資 料
(3) 本書の構成
第1部 海峡植民地の制度とペナン社会
第1章 海峡植民地ペナンの法的地位と多民族社会の構成
1 ペナンの成り立ちと法的地位の変遷
(1) イギリス東インド会社によるペナンの獲得(一七八六年)
(2) イギリス東インド会社によるシンガポールとマラッカの獲得(一八二四年)
(3) 海峡植民地の成立とその法的地位の変遷(一八二六−一八六七年)
(4) 植民地省の直轄領へ 行政機構の発展(一八六七年−二〇世紀初頭)
2 周辺地域とのつながり
(1) ペナンから見たアジア間国際分業体制の構造
(2) ペナンを拠点に周辺地域で事業を展開した人びと
3 多民族社会を構成する人びと
(1) センサスに見る人口構成
(2) 各カテゴリーの内訳
第2章 海峡植民地の制度に訴える華人越境者
1 海峡植民地政府による保護・管理制度の設立
(1) 入境者の管理・保護の始まり インド人渡航者への対応
(2) 華人渡航者への対応と華人保護署の設立
(3) 華人保護署を積極的に活用する華人渡航者
2 海峡植民地の司法・治安維持制度の利用
(1) 調停機関の利用
(2) 強制力の利用
3 移動時の安全確保
第3章 華人系イギリス国籍者の認知をめぐるせめぎ合い
1 海峡植民地におけるイギリス国籍
2 イギリス領外におけるイギリス国籍者の保護
3 東南アジア植民地国家における「人種原理」を超える試み
(1) フランス領インドシナ
(2) アメリカ領フィリピン
(3) オランダ領東インド
4 「同胞」からの暴力を回避する試み
(1) 華人系イギリス国籍者による正当な権利の行使と権利の濫用
(2) 華人系イギリス国籍者を認定する二つの基準
(3) 外国籍を持つ華人に対する中国政府の対応
第2部 海峡植民地の秩序構築への積極的関与
第4章 華人という集団性の認識と組織化 広福宮と華人公会堂
1 広福宮の設立
(1) 設立主導者の背景
(2) 東南アジアの統治秩序における華人という枠組み
2 ペナンにおける状況の変化 紛争とイギリスによる積極的介入の開始
3 華人公会堂の設立
(1) 設立主導者の背景に見る設立の目的
(2) 華人公会堂の理事会を構成する人物の背景
(3) 公権力からの認知の獲得
4 庇護者としての振る舞い
5 多民族社会における華人らしさの提示
(1) イギリス王室関連式典への積極的関与
(2) 募金を通じた動員力の提示
(3) 華人性の認識と提示
第5章 意思決定の場に代表者を送るための働きかけ
ペナン華人商業会議所を通じた交渉
1 海峡植民地という制度に対する自律性の維持
(1) 商取引の相互管理・監視の自発的提案
(2) 自前の強制力の希求
2 海峡植民地という制度への積極的な関わり
(1) 代表者を送る枠組みという認知の獲得
(2) 国際的な問題の解決 対アチェ胡椒貿易問題
(3) 多民族社会の中の華人商業会議所
3 英領マラヤ華人商業会議所連合会を通じた働きかけ
第6章 ペナンの地位向上を求める民族横断的な協働 ペナン協会
1 ペナンから見たペナンとシンガポールとの関係
2 不公平感の高まり
3 ペナン協会の設立
(1) 目 的
(2) 包摂の論理としてのイギリス国籍
4 海峡植民地政府の反応
(1) 副総督制度復活の挫折
(2) 港湾開発の進展
第7章 民族内の不和が壊した多民族間の協働 納税者協会
1 ジョージタウン市政委員会の発展
2 市行政をめぐるせめぎ合い
3 納税者協会の設立に向けた議論の活発化
4 納税者協会の設立
5 分裂と解散
第3部 秩序転換期の中国との関係構築
第8章 中国との往来における安全確保 商業会議所ネットワークの活用
1 チャン・ピーシー 東南アジアでの富の蓄積と中国進出
(1) 東南アジアにおける富の蓄積
(2) 寄付を通じたペナン華人社会との関係構築
(3) 中国進出
2 「中国は険しくて恐ろしい道」
(1) 帰国者を迎える中国の状況
(2) 厦門保商局
(3) 商部による帰国者保護の試み
3 帰国者保護に関するチャンの持論とその実践
(1) 「一二か条の意見書」
(2) 保護論の実践
4 チャンの提案の受け入れと独自の目的の追加 シンガポール
5 清朝の公権力とつながる新たなチャンネルの獲得
6 商部と商業会議所を通じた帰国者保
護の浸透
(1) 清朝末期
(2) 中華民国初期
第9章 剪辮論争 多民族社会の中で模索する華人らしさ
1 論争の始まり(一九〇三年)
2 論争の再燃(一九〇六年)
3 清朝政府内における剪辮への動き(一九一〇年)
4 論争の決着
第10章 辛亥革命期の資金的支援 秩序の混乱期における対応
1 革命直後の資金的支援
(1) 孫文の革命運動とペナンの華人
(2) 武昌蜂起直後のペナンの華人の反応
(3) ペナン華人商業会議所および華人公会堂指導者層の参加
2 国民募金
3 募金の追跡調査
4 中華民国成立期の資本誘致
第11章 中華民国の成立と新たな経路の構築 華僑連合会・華僑議員・共和党
1 中国の公権力につながる窓口の再構築 華僑連合会
(1) 華僑連合会の設立
(2) ペナンの華人社会の再編と窓口の再構築
2 新たな課題の浮上と挫折 福建省臨時省議会への代表者送り出し
3 新たな課題の克服 参議院への代表者送り出し
(1) 参議院における華僑議員の導入
(2) ペナンの華人の法的な立場
(3) ペナンにおける華僑議員の選出
終 章 越境を生きるための政治参加
あとがき
別表 本書に登場する主な人物の経歴
注
参考文献
人名索引
事項索引
著者紹介
篠崎香織(しのざき かおり)
1994年,東京女子大学現代文化学部地域文化学科卒業。1999年から2001年に
マレーシア・マラヤ大学人文社会学部歴史学科に留学。2005年,東京大学大学
院総合文化研究科博士課程地域文化研究専攻単位取得退学。2007年博士(学術)
学位取得。在マレーシア日本国大使館広報文化部専門調査員を経て,2009年よ
り北九州市立大学外国語学部准教授。
主な著作:
「シンガポールの華人社会における剪せん辮べん論争 異質な人々の中で集団
性を維持するための諸対応」(『中国研究月報』58巻10号,2004年,第1回太
田勝洪記念中国学術研究賞受賞),「ペナン華人商業会議所の設立(1903年)
とその背景 前国民国家期における越境する人々と国家との関係」(『アジア
経済』46巻4号,2005年),「マレーシア 『民族の政治』に基づく民主主
義」(清水一史ほか編『東南アジア現代政治入門』ミネルヴァ書房,2011年),
「継承と成功 東南アジア華人の『家』づくり」(『地域研究』13巻2号,20
13年)など。