内容紹介
「このように、タラ漁業とそれに付随した干しダラ輸出業は、当時のニューイングランド経済最大の富の源となっていたのである」(本文序章より抜粋)
本書は、植民地期ニューイングランドの基幹産業だったタラ漁業と干しダラ輸出業に着目し、同植民地の経済発展及びイギリス本国からの経済的自立化、そして独立戦争へ至るプロセスについて考察したものである。その際本書では、当該期のニューイングランドを代表するタラ漁業・タラ交易都市マーブルヘッド(マサチューセッツ植民地)がケーススタディとして取り上げられ、同都市のタラ商人が遺した書簡史料を手がかりとしながら、環大西洋史とマーブルヘッド地域社会史が織りなしたグローカル・ヒストリーが描き出される。
本書は全3部8章から構成されている。マーブルヘッド漁業の経済発展プロセスが検討される第1部では、第1章で18世紀以前に同漁業が、ロンドン商人・ボストン商人の統括する「17世紀型」サプライチェーンの下請け・孫請け部門として機能していたことが示される。第2章では、18世紀前半に、マーブルヘッド漁業が自前の船舶を用いながら、環大西洋世界の3地域 タラ漁場としてのニューファンドランド島沖の海域、タラ市場としての西インド諸島(特に仏領)及びイベリア半島 と直接結びつくことで、飛躍的な経済発展を遂げるプロセスが検討される。第3章では、「17世紀型」サプライチェーンに従属していたボストン商人が、生存戦略として仏領との密貿易網を開拓していくプロセスが検討される。
第2部では、マーブルヘッド漁業の経済的自立化が取り上げられる。まず第4章では、18世紀後半における実際のタラ商人の書簡史料と牧師の自伝を用いて、イギリス本国からの経済的自立化という観点から、マーブルヘッドの経済発展プロセスが再検討される。第5章では、経済発展及び自立化のプロセスに伴い、マーブルヘッドの地域社会内部において新旧両商人層の転換が生じていたこと、そして同コミュニティを繁栄へと導いた新興商人たちは、地域社会の公益を重視し、積極的に地域社会の問題解決に取り組んだことが検討される。
第3部では、18世紀半ばまでに構築されたニューイングランド漁業の環大西洋交易網が、1760年代以降、本国の帝国政策と衝突することで、同漁業が、アメリカ独立戦争へと傾倒していくプロセスが検討される。第6章では、仏領カリブ産の糖蜜輸入を巡って、英領カリブの砂糖利害との対立が、また第7章では、ニューファンドランド島の資源とイベリア市場を巡って、本国の漁業利害との対立が描かれる。そしてその調整にあたった本国議会は、常にニューイングランド漁業に犠牲を強いる政策 それぞれ砂糖法(1764年)及び規制法(1775年) を打ち出し、同漁業の反発を招くこととなった。さらに第8章では、イギリス海軍の強制徴募に関する帝国政策運営においても、本国議会がニューイングランドの漁業コミュニティを犠牲にし、その結果、同地域の漁業利害、そしてさらに同植民地がアメリカ独立戦争へと傾倒していったことが検討される。