水の女[新装版] トポスへの船路

著者名
小黒康正
価格
定価 2,750円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0313-4
仕様
A5判 並製 288頁 C3098
発行年
2021年8月
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内容紹介

ヨーロッパ文学における「水の女」の系譜は、大小さまざまな流れから成り立つ。但し、その本流は、古代ギリシア神話を水源とし、キリスト教のもとで形を変えながら、中世やルネサンス期の民間伝承や民衆本を経て、近代ドイツのメールヒェンにて川幅を広げ、更にデンマークへと至り、世界文学という海原に流れ出る。

こうした流れの中でドイツ文学の役割は大きい。セイレンの後裔たちは、明るい海原ではなく、奥深い森の湖沼に現れるようになると、文学において頻出する「他者」となり、同時に内面化された「他者」となる。つまり、「水の女」の系譜は、ドイツ文学において、「外なる異界」や「未知なる他者」のみならず、「内なる異界」や「未知なる自己」をも取り込みながら、「水の深さ」が「心の深さ」となる現代的な「他者」経験を問題にしていく。

ヨーロッパ文学に頻出する「水の女」は、人間の魂を求める「物質存在」であり、「陸の男」を水底へと誘う「女性存在」であり、新しいポエジー言語を導く「言語存在」である。その意味で、件の「他者」は、人間と物質が、男性と女性が、言語と言語ならざるものが出会う場所において繰り返される常套句であり、濃密な文学空間を培うトポスと言えよう。

本書は、「水の女」の誘惑手段に身体論的に着眼しながら、同系譜を神話的始原から黙示録的終末まで追う「オデュッセイア」である。我々は「長い船路」にて水底へと誘われてしまうかもしれない。トポスとしての「水の女の物語」は、新しい男女のあり方、新しい言葉、「どこにもない場所」、つまり「ウ・トポス」の模索を既存の世界にいる我々に促す。文学は「ユートピア」である。航海には常に危険が伴う。

目次

序 章 船 出
 
第一章 歌声の消失
 
  一 聴覚と知性    ホメロス
     誘惑物語/哲学的原史/聴覚重視/知性重視/根源的誘惑
  二 視覚の簒奪    キリスト教
     メタモルフォーゼ/歌声消失
  三 水の女の詩学    研究史
     水の詩学/水の女の詩学
  四 歌う母と歌わぬ娘    民衆本
     新たな名前/メリュジーヌ伝説
  五 水の精    パラケルスス
     パラケルスス
 
第二章 歌声の復活
 
  一 メールヒェン    ヴィーラント
      「戦い」から「和平」へ/ヴィーラント
  二 耳の復讐    ゲーテ
     ゲーテ『若きヴェルターの悩み』/ゲーテ『新メルジーネ』/ゲーテ『ファウスト』
  三 恋の茶番    ブレンターノ
     19世紀/ヤヌスの乖離/分裂の諸相/Exkurs 音楽神話/奇妙な発作/ごった煮
 
第三章 一八一一年
 
  一  「和平」の物語    フケー
      「翻訳」論/『オデュッセイア』再考/フケー『ウンディーネ』/地中海→アルプス→ドイツ/
      「新しい神話」の模索/現実と幻想の融和モデル/ねじれ/脱神話
  二  「戦い」の火蓋    クライスト
     クライスト『水の男とセイレン』/外来の語/物質性から女性性へ
 
第四章 妙音の饗宴
 
  一 ローレライ「伝説」    ハイネ
     ユゴー『ライン河幻想紀行』/新しい「伝説」/ハイネ『ローレライ』/パロディー/
     新たな憑依/伝承行為/「再帰動詞的」パロディー
  二 深い憂い    アイヒェンドルフ
     アイヒェンドルフ文学/ローレライ、ニクセ、セイレン/浮き沈み/共時的風景から通時的身体へ/
      『秋の惑わし』/タンホイザー伝説/奇妙な歌/ライムント/『予感と現前』/「春の旅立ち」/
      『大理石像』/『詩人たちと仲間たち』/「舟乗り」「静かな谷底」「破滅」/「ユーリアン」/
     最後の楽士
  三 三重の頓挫    アンデルセン
     アンデルセン『人魚姫』/二人の「おばあ様」/言語コミュニケーションの頓挫/二つの変容
 
第五章 宴の後
 
  一 水底から浮かぶ否定性    ホーフマンスタール
     否定と否定性/否定性の文学/ホーフマンスタール『ある手紙』/ポエジーと水/流動体
  二 沈黙する「エス」    リルケ
     リルケ「セイレンたちの島」/二重の齟齬/歓待/静けさ/変容
  三 仮象の過程    カフカ
     矛盾/代名詞「彼女」/カフカ「セイレンたちの沈黙」
  四 芸術の無駄遣い    ブレヒト
     歌声の帰国譚/ブレヒト『オデュッセウスとセイレンたち』
  五 悪魔的領域    トーマス・マン
     トーマス・マン『ファウストゥス博士』/マンのアンデルセン受容
 
終 章 「水の女」の黙示録    バッハマン
 
  インゲボルク・バッハマン『ウンディーネ行く』/最後の叫び/着眼点/類型化/名前の魔術師/
  黙示録志向/ユートピアとしての文学/結びの言葉/表層と深層/神話的円環と聖書的直線/
  歌わない「水の女」/『魔の山』と『ツァラトゥストラはこう言った』/30歳/異類婚姻譚/
  どこにもない場所
 
補遺 人魚の嘆き    近現代日本文学
 
   「恋愛」の始まり/「人魚」伝説/ロオレライ/マーメイド/オフィーリア/ラウテンデライン/
  人魚/蒲原有明「人魚の海」/北原白秋「紅玉」/小川未明『赤いろうそくと人魚』/太宰治『人魚の海』/
  安部公房『人魚伝』/金井美恵子『森のメリュジーヌ』/倉橋由美子『人魚の涙』/偏り
 
 参考文献一覧
 初出一覧
 あとがき
 新装版あとがき
 主要人名索引

著者紹介

小黒康正(おぐろ やすまさ)
北海道小樽市出身。博士(文学、九州大学)。ドイツ・ミュンヘン大学日本センター講師。
現在、九州大学大学院人文科学研究院教授(ドイツ文学)。
主要著書
『黙示録を夢みるとき トーマス・マンとアレゴリー』(2001年、鳥影社)
『トーマス・マン『魔の山』の「内」と「外」 新たな解釈の試み 』(2006年、日本独文学会研究叢書041号、編著)

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