内容紹介
Edward Arberが出版したTottel’s Miscellany(1870)の名称で知られるSONGES AND SONETTES(1557)『歌とソネット』は,出版以後よく読まれ,シェイクスピアもこの詩選集により英詩に初めて接したと言われる。英文学史上初めてソネットと無韻詩が発表され,詩の言語としての英語の自立が宣言されたことで不朽の名を残す。また,学者詩人ニコラス・グリモールドの詩が,再版では10篇に減らされ以後読まれなくなるが,初版では40篇が印刷されていることも重要である。
トマス・モアやエラスムスらにより導入された人文主義の影響を受けたヘンリー8世の時代,ワイアットやサリーら宮廷詩人達と,学者であり本詩選集中最大の人文主義詩人であるグリモールドは,題材と様式の多くを古典と同時代イタリア・フランスに求めた。そのため,詩の趣は15世紀までとは大きく変化した。一方,題材を伝える言葉は,ラテン語を中心とした外来語(inkhorn terms)の導入に熱心な散文と違って,決して同様に新しくはなく,むしろチョーサーなどに見る伝統的な古語が求められた。これは結果的に英国人の精神的自立を保つことになり,その後の英詩の発展に大いに寄与したと思われる。
主題は圧倒的に男女の愛と理想的なルネサンス女性像に関するもので,ペトラルカや同時代イタリア・フランス詩の翻訳が中心となっている。その他,中庸の徳のすすめ,貴人や武将の追悼における徳性の称賛,人生訓等が重厚で時に卑近な英語で表現される。そして古典や同時代大陸の詩のモデルの枠組みの中で詩人達は己の歌をうたう。例えば,作品番号28番,ホラティウスによる中庸の歌のサリー訳では,サリーは息子トマスに語りかける形で,次のように締めくくる。
In straite estate appere thou stout:
And so wisely, when lucky gale of winde
All thy puft sailes shall fil, loke well about:
Take in a ryft: hast is wast, profe doth finde.
危急の場合に雄々しくあれ。
幸運にも順風満帆の時にこそ,
心して慎重に,よく周囲を見渡すことだ。
縮帆を巻け。急いては仕損じる。これは自明の理だ。
ここには流行の新造語は一語もない。古典から得た題材を力強く簡潔な英語で表現しているため,読者はサリー自身の声と理解したことであろう。一方,翻訳によらず己の魂の声を発する詩人もいる。悲歌の様式を保ちながら,グリモールドが母の深い愛情を称え,子としての「心の嘆き」を激しく吐露する詩がそうである(162番)。このように,古典と自国という異なる彼我の題材と,様式の枠組みの中で,詩人の生の声を新しい声として聴くことも出来よう。
本書は,初版の原文と共に全訳を示し,1557年メアリー女王治下,本詩選集出版の危機的状況・人文主義と古典以来の模倣論・古典神話の流布と宮廷・宮廷詩人とくにワイアットの政治的曖昧性等に関する解説,古語・修辞・文化的背景等についての注釈を付している。