バンジャマン・コンスタン日記

著者名
バンジャマン・コンスタン/高藤冬武 訳
価格
定価 10,340円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0046-1
仕様
A5判 上製 770頁 C1098
発行年
2011年6月
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内容紹介

バンジャマン・コンスタン(1767-1830年、国葬)の1804-16年(36-48歳、途中3年半の空白)にわたる「日記」は、ナポレオン帝政から第二次王政復古に至る動乱の時代を鮮やかに描き出し、政治家コンスタンの複雑な軌跡を浮かび上がらせる。ゲーテ、シラー、シェリング、シュレーゲル兄弟といった当代一流知識人との交流、ヨーロッパ各地の宮廷・サロンに集う貴顕紳士への辛辣な人物評、ライフワークとなった宗教思想史執筆過程の詳細な記述から、思想家としての思索の跡を辿ることができる。さらに恋愛のマキャヴェリスト、漁色家、賭博狂という顔も持つコンスタンが、愛人スタール夫人(仏財務長官ネッケルの娘、女流文学者)と別れるに別れられず、人妻シャルロットとの再婚に躊躇し、旧友レカミエ夫人への狂恋に惑う様が赤裸々に綴られる。鋭い恋愛心理分析と限りない自己省察によって、その体験がやがて『アドルフ』に昇華される。原文の持つリズムと語彙が、流れるような擬古文体の訳文に見事に結実。年譜、家系図、関連地図、訳者による解説も収録。フランス文学史上最も赤裸な私的日記にして、激動期フランス裏面史の超一級史料、待望の本邦初訳。

目次

バンジャマン・コンスタン日記(一)
  (一八〇四年一月二十二日 ― 一八〇五年五月八日)
 
バンジャマン・コンスタン日記(二)
  (一八〇五年五月八日 ― 一八〇七年十二月二十七日)
 
バンジャマン・コンスタン日記(三)
  (一八一一年五月十五日 ― 一八一六年九月二十六日)
 
アメリーとジェルメーヌ
  (一八〇三年一月六日 ― 四月十日)

 年譜     家系図     関連地図
 
 解説     あとがき
 
 参考文献  人名初出一覧

著者紹介

バンジャマン・コンスタン(Benjamin CONSTANT)
1767年10月25日スイス・ローザンヌ生まれ。政治評論・宗教論など多彩な執筆活動を行ったフランスの文学者,政治家,宗教思想史家。当初ナポレオンを糾弾したが,百日天下時にその政権の中枢に入り世の非難を浴びる。その後王政復古期には海外亡命生活を余儀なくされるが,即位したルイ18世宛てに「弁明書」を書き,許されてパリへ戻る。政治状況の変化に応じて立場は揺れ動くが,一貫して自由主義を擁護し,晩年は民衆から熱烈な支持を受ける。その一方で,生来の体質として女体を欠くと健康に障るとの医師の所見もあり,恋愛のマキャヴェリスト,艶福家,漁色家,賭博狂という顔も持ち,生涯にわたって複雑な女性関係を展開する。特に,愛人関係にあったスタール夫人(仏財務長官ネッケルの娘,女流文学者)との悪縁には長年苦しみ,人妻シャルロットとの再婚話も交えた三角関係に悩み,やがて自身の体験を恋愛心理分析小説の最高傑作『アドルフ』として昇華させる。フランスロマン主義を代表する人物の一人。1830年12月8日フランス・パリ没,国葬。
 
高藤冬武(たかとう ふゆたけ)
1939 年東京生。1958 年東京都立千歳高等学校卒,京都大学文学部入学。1963 年同文学部卒(フランス文学専攻),続いて同修士から博士課程に進学,1 年在籍後1966 年退学。京都産業大学,大阪樟蔭女子大学を経て,1977 年九州大学に移る(教養部助教授)。2003 年同大学言語文化研究院定年退職,九州大学名誉教授。
 
主要論文
「なぜ別れか近代フランス小説に現れた愛の逆説」(『英米文学会誌』第10,13 号,大阪樟蔭女子大学)
「『クレーヴの奥方』論,動詞「見る」(voir)をめぐって」(『独仏文学研究』第31 号,九州大学)
「再読B. コンスタン『アドルフ』」(『独仏文学研究』第33-35,37,41 号,九州大学)
 
翻訳・編註
「バンジャマン・コンスタン=シャリエール夫人書簡」(『ROMANDIE』第16-20 号,スイス・ロマンド文化研究会)

書評

 日本フランス語フランス文学会広報誌「Cahier」 第9号より
 
 「まずひとつの驚きから出発できる。バンジャマン・コンスタン(1767-1830)は何ゆえにフランス文学の歴史において当然彼が占めるべき地位を占めていないのかという驚きである」。ツヴェタン・トドロフによる『バンジャマン・コンスタン 民主主義への情熱』はこのように始まる。しかし実際には、この「驚き」を十全に共有するための道程はかなり険しい。1957 年刊行のプレイヤード版『著作集』の編者は、コンスタンへの無理解の背景として、自伝的小説以外の著作が簡単には手に入らない現状を挙げたが、これは40 年後のトドロフも同様に嘆くところであった。こうした状況を打開する『全集』の刊行が1993 年に開始されたものの、50 巻を超える全巻の完結までにはなお相当の時間が見込まれる。その間に目配りの利いたコンパクトな選集として機能していたプレイヤード版は絶版となって久しく、トドロフの言う「コンスタンの捉え難さ」とは、人物像の把握とコーパスの把握との二重の意味で、なおアクチュアルな問題である。
 こうした中での、高藤冬武氏による『バンジャマン・コンスタン日記』の邦訳刊行は、日本におけるコンスタンの受容を大きく好転させるに違いない。「解説」で言われるように、訳出された4 種の「日記」(「本日記」、「略日記」、「ギリシャ文字日記」、「アメリーとジェルメーヌ」)は、「文学者、政治家、宗教思想史家、艶福家、漁色家」といった様々なプロフィールを持つコンスタンの「全心露出」の著作である。日記が覆う30 代後半から50 歳にかけてのコンスタンの月日は、政治的動乱のもとで著述家・行動家としての彼の才覚が最も生き生きと発揮されていた時期であり、またスタール夫人と人妻シャルロットの間で煩悶した日々でもあった。そうした観点から「日記」の文体や記述内容の変遷は、『アドルフ』という「虚実皮膜」の心理小説が成立する過程を追う手がかりともなるが、その内容は自伝的小説の副読本としてのみ価値を持つものではない。重層的、多面的なコンスタンの生の軌跡、歴史の雄弁な証言であると同時に「人間の魂の入り組んだ迷路にかつて投げ下ろされたもっとも驚くべき測鉛のひとつ」(トドロフ)である「日記」は、それ自体が人間心理への深い洞察に満ちた興味深い読み物となっている。
 この『バンジャマン・コンスタン日記』の大きな特徴は、その翻訳文体の選択に見られる。「あとがき」で述べられるように、「創作的翻訳」のプロセスは、まず江戸期の文人政治家が残した日本語の「原著」を仮に想定し、コンスタンの「日記」をその「仏語訳」と見立てることに始まる。それを再び日本語に戻した「反訳」として、『バンジャマン・コンスタン日記』を読者に提供する訳者の大胆な試みは、意外なほどの読みやすさと、一つの人格の確かな現前をもって達成を見たように思われる。「擬古文体のリズムを訳文の基調とし現代日本語文に転調」した訳文は、曲亭馬琴と同年に生まれたコンスタン自身があたかも髷を結っているかのような過度な言語遊戯に陥ることなく、日記の簡潔な記述を文学性を保ちながら日本語に移すことに一定の効果を挙げている。
 巻末の「人名初出一覧」は原綴と生没年も付し大いに役立つが、登場箇所の全てを網羅した「人名索引」ではないため、総登場回数およびコンスタンにおける重要度を知るための手軽なツールとはならない。また、コンスタンが「日記」の中で挙げる幅広い文学書、思想書の索引があれば、同時代の受容や影響関係を概観する上で有用かとも思われたが、こうした欲を言い出せばきりが無い。そもそも「一つの文学作品として読まれるべく」世に問われた本書を、事典や目録のように用いようというのは心得違いだろう。注釈を傍注ではなく割注として本文に組み込んだことも、「読書の流れが中断されぬよう」訳者によって施された配慮であった。700 ページを超える大部ではあるが、まず通読を勧めたい。
 翻訳はプレイヤード版を底本としつつ、その後半世紀の研究を反映した『全集』の内容を存分に取り込み、かつ両版の異同については訳者が直筆原稿にあたって検討、その都度注釈を加えている。なおプレイヤードでは「日記」の一部として扱われている「アメリーとジェルメーヌ」は『全集』では「創作」に分類されており、2011 年には『セシル』、『赤い手帖』と併せた1 冊の「自伝的小説集」としてGF-Dossier のコレクションに加わっていることを付記しておく。
 「コンスタンの文章邦訳は文語体を措いてなし」という確信を抱いて「日記」と取り組んだ訳者が「凡そ二十年の共生」の末に実現させた『バンジャマン・コンスタン日記』は、確かに「創作的翻訳」と呼ぶに相応しい。そこには研究者としての作家観、時代観、作品解釈に加え、一人の日本語文章家としての技量もまた濃密に溶け込んでいる。捉え難きコンスタンを同じく捉えようと試みる多くの研究者の反応が待たれる力作である。

評者:倉方健作(東京理科大学)

学術図書刊行助成

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