書評
文化経済学会<日本>学会誌「文化経済学」 第6巻 第4号より
著者は福岡市役所で広報,都市景観等の部署を経て退職後,NPO「アートサポートふくおか」を設立し,誰もが芸術文化を身近に楽しめる環境づくりをミッションに掲げ,子供の芸術体験の機会拡大や文化政策に関する情報提供等の活動をしている。その傍ら,文化政策学博士号を取得した。本書はその博士論文に基づく。6年に亘る実践に裏打ちされて芸術文化政策を論じている点が類書と異なる本書の特徴であろう。本書は全8章と終章から成り,各章が10~20頁程度にコンパクトにまとめられている。
著者は,まず,芸術文化とまちづくりの関係において,人々の生活に密着した分野で芸術文化が人の生きる力を引き出す「人づくり」と,地域の活性化や経済効果を生み出す「街づくり」という2つの側面を合わせて広義の「まちづくり」と呼び,その担い手としてアートNPO,行政,企業をあげ(第1章),以下,順に各々の担い手の役割を述べる。
本書では,アートNPOを,「芸術文化に関わる領域を主たる活動分野とし,芸術文化と社会をつなぐ活動を行う民間非営利団体」と定義し,法人格の有無は問わない。アートNPOの機能として著者が指摘するのはコーディネート機能である。なかでも,アートと学校との間に立つ「つなぎ手」としての役割を強調する。「ふくおか県民文化祭」を事例として検討した後,アートNPOの社会的訴求力の向上のためにそれらのネットワーク化を主張する(第2章)。アートNPOの経営の脆弱さは広く知られているが,著者は,行政との協働が一方的な「支援」とならずに,アートNPOの先駆性や創造性を育むことを期待する(第3章)。
次に,著者独自の調査(2005年)により,福岡都市圏における中小企業のメセナ活動の特徴として,大企業ほど実施率は高くないものの,少ない予算ながら方針を明確にしていること等を明らかにし(第4章),アートNPOと企業メセナとの連携を促進するための方策として,芸術文化支援の社会的意義を強調すること等を提示する(第5章)。
第6章と第7章では,全国に約2千あるという,ホール機能を持つ公立文化施設(2007年12月)の可能性と運営主体について論じる。福岡県の「サザンクス筑後」が「市民」を育成する場として機能できた理由として,ボランティアの養成,地域通貨「クス」の導入,専門家との接点を抽出している。運営主体については,先行研究と著者独自の調査(2004年)から運営主体別の施設運営の長所・短所を一覧にした後,運営主体には高度の専門性が求められることから,NPO・行政・企業各々の強みを生かせるような運営者ネットワークの形成を展望する。
「第8章 地域文化政策の担い手」では,2007年現在,文化振興に関する条例や指針等を策定していない福岡市の行政による芸術文化への関わり,NPOや企業の芸術文化への関わりを検討する。そして,ここでも,各々の主体的な活動と,異なる主体間のネットワーク形成を強調し,「つなぎ手」としてのNPOの役割を再述して本書を結ぶ(終章)。
本書は,全国のNPO法人のうち芸術文化を主たる活動分野とする団体が1,742とNPO法人のうち約6%を占めること(NPO法人アートNPOリンクの調査による。2006年9月現在),福岡市に事務所を置くNPO法人のうち,「学術,文化,芸術又はスポーツの振興を図る活動」を含む団体が120と27.5%を占めること(2007年10月現在)を提示すること等により,アートNPOの活動事例や行政・企業との協働事例が多数例示され,芸術文化による人づくりや街の創造・再生に取り組もうとする関係者にとって貴重な資料ともなっている。評者は,小金井芸術文化振興条例や振興基本計画の策定に携わった経験があるが,策定すればよしとするのではなく,NPO・行政・企業という異なる主体間でネットワークを形成することや,多くの市民を巻き込みながら地道に芸術文化活動に取り組むことの重要さを本書から学んだ。本書で取り上げられた活動事例が「その後」どのように発展したかについての続編を著者に期待したい。
評者 : 田中敬文(東京学芸大学教育学部准教授)