内容紹介
人は誰でも老いてゆく 。
本書は高齢化の進む沖縄離島の事例をもとに、歴史的・地域的文脈のなかで「老いる」という誰しもの経験を、文化人類学的な視点から考察することによって、高齢社会における新たな議論の糸口を提示しようとするものである。
本土とほとんど変わらない高齢者への認識がある一方で、沖縄独特の長寿文化や長幼の序、高齢女性の宗教的な高いステイタスは以前のそれとは変化しながら存在し、文化的な基盤は人びとの日常と深く関係している。近代医療だけでなく民間療法とも付き合いながら自らの身体的な衰えと向き合う女性。都市における子供たちに囲まれた快適な暮らしよりも、位牌を守りながらの島での生活を選ぶ女性。足を引きずりながら、一人暮らしを続ける女性。こうした人びとの日常には、人びとは自らの衰えに積極的に立ち向かうのではなく、「年を取ったら仕方がない」と受け流す、過干渉とは異なる身体との向き合い方がある。
どこか生き難さを感じる人びとの実践や選択の背景には、家族といった親しき他者、宗教的なるもの、島への愛着といった様ざまなヒト・モノとのつながりの存在がある。人生の物語 (ライフストーリー) を通じて示されるこれらのつながりには、死者儀礼や祖先祭祀を背景に、死者との具体的な関わりのなかで育まれる死者との継続する絆も含まれる。親しき死者との生前から継続する密接な関係は、時に人びとの人生の選択そのものを左右する重要なものとしてあらわれる。
そしてこうした島の文脈は今まさに老年期にさしかからんとする、戦後生まれの世代の人びとの経験にも関係する。人びとの経験は個別的なものである。しかしそれは、個に還元されてしまうものではない。昭和という激動の時代を沖縄離島で生きてきた人びとの「世代としての経験」、「群れとしての経験」である。そこには「老いる思想」というべき、老いる人びとの老いる身体との付き合い方や人生の選択のあり様、死者との向き合い方といった知識や技法に通底する思潮が存在している。老いる人びとの経験を考えることは、生きるということを考えることであり、それは長寿の大衆化した時代を生きる人びとと新たな対峙の方法をもつことにつながるといえよう。