老いる経験の民族誌 南島で生きる〈トシヨリ〉の日常実践と物語

著者名
後藤晴子
価格
定価 4,180円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0196-3
仕様
A5判 上製 310頁 C3039
発行年
2017年2月
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内容紹介

人は誰でも老いてゆく  

本書は高齢化の進む沖縄離島の事例をもとに、歴史的・地域的文脈のなかで「老いる」という誰しもの経験を、文化人類学的な視点から考察することによって、高齢社会における新たな議論の糸口を提示しようとするものである。

本土とほとんど変わらない高齢者への認識がある一方で、沖縄独特の長寿文化や長幼の序、高齢女性の宗教的な高いステイタスは以前のそれとは変化しながら存在し、文化的な基盤は人びとの日常と深く関係している。近代医療だけでなく民間療法とも付き合いながら自らの身体的な衰えと向き合う女性。都市における子供たちに囲まれた快適な暮らしよりも、位牌を守りながらの島での生活を選ぶ女性。足を引きずりながら、一人暮らしを続ける女性。こうした人びとの日常には、人びとは自らの衰えに積極的に立ち向かうのではなく、「年を取ったら仕方がない」と受け流す、過干渉とは異なる身体との向き合い方がある。

どこか生き難さを感じる人びとの実践や選択の背景には、家族といった親しき他者、宗教的なるもの、島への愛着といった様ざまなヒト・モノとのつながりの存在がある。人生の物語 (ライフストーリー) を通じて示されるこれらのつながりには、死者儀礼や祖先祭祀を背景に、死者との具体的な関わりのなかで育まれる死者との継続する絆も含まれる。親しき死者との生前から継続する密接な関係は、時に人びとの人生の選択そのものを左右する重要なものとしてあらわれる。

そしてこうした島の文脈は今まさに老年期にさしかからんとする、戦後生まれの世代の人びとの経験にも関係する。人びとの経験は個別的なものである。しかしそれは、個に還元されてしまうものではない。昭和という激動の時代を沖縄離島で生きてきた人びとの「世代としての経験」、「群れとしての経験」である。そこには「老いる思想」というべき、老いる人びとの老いる身体との付き合い方や人生の選択のあり様、死者との向き合い方といった知識や技法に通底する思潮が存在している。老いる人びとの経験を考えることは、生きるということを考えることであり、それは長寿の大衆化した時代を生きる人びとと新たな対峙の方法をもつことにつながるといえよう。

目次

序  章 老いる経験の人類学のために
 
1 はじめに
2 本書の構成
 
第1章 エイジングをめぐる研究史
 
1 はじめに
2 高齢化社会とエイジング研究の歩み
(1) 老年学の歩み
(2) 社会学とエイジング
3 文化人類学とフォークロアの視座
(1) 小規模コミュニティと人類学
(2) エイジングとの出会い
(3) ケアと応答性
(4) フォークロアと老人
4 問題と課題
(1) これまでの研究の問題点
(2) 本研究の位置
 
第2章 経験を考える
 
1 あなたの経験/わたしの経験
2 経験を考える
(1) 現実・経験・表現
(2) 他者の可能性
(3) 経験/ある経験
(4) 個人的経験と感情
(5) 経験と体験
(6) 小括
3 聞き書きの方法論
(1)『忘れられた日本人』から
(2) 現実とイメージ
(3)「聞き書き」の可能性
 
第3章 南島の老いの諸相  調査地概要  
 
1 はじめに
(1) 沖縄と高齢化
(2) 南島で島を考える
2 つながりの基盤
(1) 地縁と血縁
(2)〈小字クンジョー〉
3 宗教との関わり
(1) 宗教的環境と〈ウマレダカイ〉人びと
(2) 島の宗教的職能者
(3) 家の祭祀と女性
4 島で暮らすということ
(1) 島の世間
(2) 付き合いの作法
 
第4章 〈トシヨリ〉の席
 
1 はじめに
(1) おばあちゃんの遺言と軒下の〈オバァ〉
(2) 近代化と老人
2 長寿の文脈
(1) 長寿の島?
(2) 島の長寿者
(3)〈トシヨリ〉と〈カジマヤー〉
3 〈トシヨリ〉の席
(1)〈オジィ〉と〈オバァ〉
(2) 祭りと〈トシヨリ〉
(3)〈トシヨリ〉と子ども
4 〈トシヨリ〉と〈トシヨリ〉
(1)「〈トシヨリ〉はいじめたら大変」
(2)「家と畑しか行かんさ」
 
第5章 衰えゆく身体の処方箋
 
1 衰えを考える
(1) 巫女たちの衰え
(2) “年を取る”ということ
2 島の処方箋
(1) 近代医療の導入
(2) 民間療法と民間薬
(3)〈ユタ〉半分、医者半分
3 衰えに対峙する
(1)「年には勝てん」
(2)「年がいってから、こそこそしよったとよ」
(3)「八五歳までは大丈夫」
4 差し控えの作法
(1)「年を取ったら病気するのは当たり前」
(2) 差し控えとそなえ
(3) 衰えゆく経験
 
第6章 人生の物語
 
1 はじめに
(1) 歌わない巫女の物語から
(2) 問題の所在
(3) 語りをめぐる問題
2 人生の物語
(1) 歌う巫女/歌わない寡婦
(2) 寝たきりの〈カジマヤー〉
(3) 島の楽しみ
(4) 島に通う
3 選択の基盤
(1) 情緒的なつながり
(2) 親密な他者
(3) 宗教的なるものとの交流
(4) 島への愛着
4 人生の岐路を考える
 
第7章 「死にがい」のありか
 
1 死者の匂い
2 老いと死
(1) 墓のある風景
(2) 死の見える/見えない社会
3 死をめぐる文化的・社会的装置
(1) 墓と位牌
(2) 死者儀礼と祖先祭祀
4 死者との継続する絆
(1) 死後の世界〈グソー〉との関わり
(2) 死者との付き合い方
(3)「継続する絆」
5 死にがいと生きがい
(1) 生きがいと高齢者
(2)「死にがい付与システム」
 
第8章 次世代のまなざし
 
1 老いの入口に立つ
(1) 問題の所在
(2) 中年と壮年
(3)「戦無派」の時代
2 わたしの「これから」
(1)「子どもも大きくなったし」
(2)「そういう時期が来ている」
3 彼らとわたし
(1)「年は取りたくないわね」
(2)「帰りそびれて」
(3)「間違いかどうかわからんさ」
(4)「恨まれてもイヤさ」
4 長生きにそなえる
(1) そなえの定義
(2) 島とのつながり
(3) 現世代と比べて
 
第9章 考察  縁と運  
 
1 印づけられた経験
(1) 老いる経験の諸相
(2)「沖縄離島」の老いる思想
(3) 世代的な経験
2 縁と運
(1) 縁
(2) 運
(3) 老いる経験とは何だったのか
3 課 題
 
終  章 補論  北部九州の「老いる経験」  
 
1 ある日の風景
(1) 北部九州の事例から
(2) 問題の所在
2 「信心深い」人びと   福岡県篠栗町・真言宗寺院  
(1) 篠栗町と篠栗霊場
(2) 寺に通う
3 隠居する人びと  長崎県対馬の村落  
(1) 対馬と隠居慣行
(2) 慣習のなかで生きる
4 老いることの可能性
(1) 与え手として
(2) 慣習のなかで生きるということ
(3) 地域を越えて
 
あとがき・謝辞
参考文献
人名索引
事項索引

著者紹介

後藤晴子(ごとう はるこ)
 
福岡大学人文学部卒業。九州大学大学院人間環境学府共生社会システム論
博士後期課程単位取得退学。課程博士(人間環境学、九州大学)。
 
主な論文に、
「民俗の思考法  『とわかっている、でもやはり』を端緒に  
 (『日本民俗学』260号、pp. 35-65、2009年)、
「生活実践としての仏教  高齢女性と寺院の親密性に関する一考察  
(『宗教研究』360号、pp. 115-138、2009年)
など。

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