複雑系と非線形経済動学
内容紹介
複雑系の理論については,その応用範囲の広さから,様々な分野で研究がなされているが,具体的な応用や新しい理論を見出すものは少ない。中でもカオス力学系の推定と制御の理論はシステムリスクの解析と制御を解明するうえで有力な方法論を与えると考えられるが,これまで明確なアプローチは極めて少ないのが現状である。本書は,現在注目される複雑系理論の中でも,特に非線形経済動学における遺伝的手法,カオス理論の基礎と経済社会システム分野におけるリスク分析への応用を取り上げるものである。具体的には,非線形モデルに基づく状態推定手法である粒子フィルタと遺伝的手法を結合して効率的な状態推定を提示し,また,時系列に代表される確率過程のモデルについてもジャンプ拡散過程を導入している。さらに,企業活動などに伴うリスクを評価し,これを回避するためのリアルオプションの推定を複雑系と結合することにも成功している。また,行動主体をエージェントとして捉えた場合に,これらの局所的交流とマルチフラクタル特性・クラスタ形成との関連性の分析や,ネットワークにより結合されたエージェントの興味ある現象とカオス変動の抑制,あるいは最近話題となっているインターネットコミュニティに代表されるスケールフリーネットワークにおけるエージェント結合も論じている。
目次
まえがき
序章
複雑系と非線形経済動学 モデリングを中心として
各章の構成
第1章 ジャンプ過程を含む変数で記述される評価関数の最適化と応用
1.1 ジャンプ過程変動と評価関数最適化
1.2 ジャンプ過程を含む評価関数を用いた製造・販売リアルオプション評価
1.2.1 ジャンプ過程を含む変数で記述される評価関数と最適化
1.2.2 ジャンプ過程を含む時系列の具体的なモデル
1.2.3 企業間取引におけるリスクと課題
1.2.4 リアルオプションの評価方法
1.2.5 製造・販売リアルオプション価値の評価への応用
1.2.6 オプションプレミアムの価値の評価結果
1.3 資産配分変更を用いたVaR制御への応用
1.3.1 ジャンプ過程を含む変動要因のモデル
1.3.2 資産の時間変化のモデル
1.3.3 資産配分決定による評価関数の最大化の導出
1.3.4 VaR制御の概要:評価関数の時間変化と1次近似
1.3.5 リスク資産が2つ以上の場合への拡張
1.3.6 VaR制約への応用例
1.3.7 2つのリスク資産を含む場合
1.4 GPと多段ファジイ推論に基づくジャンプ推定
1.4.1 システム構成の概要
1.4.2 GP手法および多段ファジイ推論の概要
1.4.3 サブシステムFの構成
1.4.4 2つのサブシステムの関係
1.4.5 時系列生成モデル推定への応用
1.5 むすび
第2章 非線形モデルにおける粒子フィルタと遺伝的プログラミングによる状態推定
2.1 非線形モデルにおける粒子フィルタと遺伝的プログラミングによる状態推定の適用
2.2 商品市場データからの真の状態推定と変動抑制
2.2.1 時系列データからの真の状態の推定
2.2.2 PFによる状態推定の基本
2.2.3 GPによる方程式近似
2.2.4 近似に用いる関数
2.2.5 PFとGPとの並行的最適化
2.2.6 商品受注の基本モデルと状態推定
2.2.7 入札取引市場の基本モデルと状態推定
2.2.8 時系列変動抑制への応用(Model P)
2.2.9 入札取引市場での取引方法変更(Model R)
2.2.10 人工的データからの状態推定と変動抑制(Model P)
2.2.11 人工的データからの状態推定と取引変更(Model R)
2.2.12 他の変動抑制法(情報共有)との比較
2.2.13 実際のデータへの適用(Model P, Model R)
2.3 GPとPFによる方程式近似と格付遷移推定
2.3.1 格付とその状態遷移
2.3.2 PFによる状態推定の基本
2.3.3 GPによる方程式近似で用いる関数
2.3.4 格付遷移への状態推定の応用(人工的データの場合)
2.3.5 現実データを用いた債券格付遷移の推定
2.4 進化学習するエージェントの人工市場における行動の判別
2.4.1 進化学習するマルチエージェント行動の判別
2.4.2 エージェントモデルと状態方程式表現
2.4.3 エージェント行動のケース分類と株価
2.4.4 PFによる状態推定
2.4.5 ケース間の遷移の推定
2.4.6 株価のケース判別の応用 I(緩やかな時間変化)
2.4.7 株価のケース判別の応用 II(やや頻繁な時間変化)
2.5 むすび
第3章 エージェントモデルによるデータ生成とマルチフラクタル分析
3.1 遺伝的プログラミング学習するマルチエージェントと人工市場の支配要因識別
3.2 人工株価のマルチフラクタル性と生成要因識別への応用
3.2.1 人工株式市場のマルチエージェント構成
3.2.2 ウェーブレット変換によるマルチフラクタル性の検証方法
3.2.3 モノフラクタル予測手法による特徴抽出
3.2.4 モノフラクタル時系列の予測
3.2.5 マルチフラクタル性からのケース判別分析の方法
3.2.6 人工株価のマルチフラクタル性と支配要因識別への応用
3.2.7 株価からのエージェント行動判別分析
3.3 ウェーブレット変換に基づくマルチフラクタル時系列補間
3.3.1 マルチフラクタル性の検証と株価データ数
3.3.2 ウェーブレット変換とマルチフラクタル時系列補間
3.3.3 補間法によるマルチフラクタル性検出と生成モデル判別
3.4 エージェントの交互作用により生成されるマルチフラクタル表面の生成過程推定
3.4.1 格子点でのエージェント交互作用の 2つのモデル
3.4.2 入札行動による資産成長モデル:Model R
3.4.3 金属メッキ表面の成長に類似したモデル:Model M
3.4.4 比較分析用の乱数によるマルチフラクタル表面生成手法
3.4.5 マルチフラクタル表面データの直接検証
3.4.6 D(h)によるマルチフラクタル性の定義と性質
3.4.7 エージェント交互作用とマルチフラクタル特性(人工データ)
3.4.8 マルチフラクタル特性からのエージェント行動の推定
3.4.9 現実に観測された表面データへの適用
3.5 むすび
第4章 局所的交流を行うエージェントのマルチフラクタル・クラスタ分析
4.1 局所的交流エージェントとマルチフラクタル特性・クラスタ形成
4.2 平面上の協働エージェント局所的交流のモデル
4.2.1 局所的交流とマルチフラクタル
4.2.2 複数地域におけるエージェント協調の基本モデル
4.2.3 平面上のエージェント配置への拡張
4.3 操業・雇用モデルの導入
4.3.1 エージェント行動を簡素化したモデル
4.3.2 2値化されたエージェントの稼動・雇用モデル
4.3.3 複数状態とエージェント行動モデル
4.3.4 エージェントの局所的交流により生成されるマルチフラクタル
4.3.5 観測データからのエージェント行動推定
4.4 スケールフリーネットワーク上のエージェント行動のマルチフラ
クタル分析
4.4.1 局所的交流によるマルチフラクタル現象とネットワーク形態
4.4.2 エージェント移動の基本モデル
4.4.3 エージェント配置のネットワーク構造(Model P)
4.4.4 エージェントの活動度のモデル
4.4.5 エージェント配置のネットワーク構造(Model B)
4.4.6 エージェント移動のモデル分析
4.4.7 エージェント活動度のモデル分析
4.4.8 D(h)を用いたエージェント行動の判別分析
4.4.9 現実データによる考察
4.5 むすび
第5章 ネットワークにより結合されたエージェントとカオス性変動
5.1 エージェントによるネットワークとカオス性変動の発生
5.2 ノードへの入力調整を行うネットワークの基本モデルとカオス性変動とその抑制
5.2.1 入力調整の基本モデル
5.2.2 平均値特性を用いる意義
5.2.3 カオス性変動の発生条件
5.2.4 ネットワーク構成のモデルにおけるカオス性変動
5.2.5 ネットワークにおけるカオス性変動発生の原因
5.2.6 カオス性変動発生条件の近似式
5.2.7 入力フロー制御によるカオス性変動の抑制
5.2.8 ネットワーク結合のノードでのカオス制御
5.2.9 カオス抑制手法の応用
5.3 退去を含むプライシング時系列のカオス解析とその抑制
5.3.1 ネットワーク構成されたノードでのカオス性変動発生条件
5.3.2 カオス性変動発生とパラメータとの関係
5.3.3 カオス抑制手法の応用
5.4 エージェント間の連係形成における利益・価格のカオス
5.4.1 多様化するアウトソーシング
5.4.2 企業・外部エージェントと連係のモデル化
5.4.3 カオス性変動の発生条件
5.4.4 複数エージェント間の連係関係とカオス性変動
5.4.5 労働価格モデルと関係式の導出
5.4.6 ノードのフローの間の関係式
5.4.7 ネットワークの均衡条件
5.4.8 価格調整によるカオス性変動制御
5.5 エージェント協働モデルにおけるカオス性変動とその制御
5.5.1 基本モデルと労働エージェントの移動
5.5.2 局所的交流でのカオス発生条件
5.5.3 Model Pにおける外力の印加による移動のカオス制御
5.6 むすび
第6章 カーネル手法とGP手法による分布関数推定
6.1 分布関数の推定におけるKernel-Based手法とGP手法
6.2 KB手法による回帰分析と切断分布
6.2.1 KB手法の基本
6.2.2 切断分布における回帰:トービット分析
6.2.3 切断分布における回帰:サンプルセレクション分析
6.2.4 KB手法におけるサンプル間変数共有
6.2.5 人工データを用いたシミュレーション
6.2.6 German Creitを用いた性能の相互比較
6.2.7 KB変数個数の削減
6.3 トモグラフィ手法による複数時系列のPDF分解
6.3.1 問題の定式化
6.3.2 トモグラフィと中間ノードPDFの推定
6.3.3 ノードのPDF推定と木構造推定
6.3.4 GP手法の適用による木構造推定
6.3.5 ダミーノードの導入
6.3.6 人工的に生成した株価データへの適用
6.3.7 現実の株価データへの適用
6.4 むすび
参考文献
索引
著者紹介
編著者
時永祥三(ときなが しょうぞう)
1977年,九州大学大学院工学研究科情報工学専攻博士課程修了(工学博士)。
現在,九州大学大学院経済学研究院経済工学部門教授。
執筆者
池田欽一(いけだ よしかず)
2001年,九州大学大学院経済学研究科経済工学専攻博士課程修了(博士(経済学))。
現在,北九州市立大学経済学部准教授。
高木 昇(たかぎ のぼる)
2003年,九州大学大学院経済学研究科経済工学専攻博士課程修了(博士(経済学))。
現在,九州産業大学商学部准教授
譚 康融(たん こうゆう)
2000年,九州大学大学院経済学研究科経済工学専攻博士課程修了(博士(経済学))。
現在,久留米大学経済学部教授。
松野成悟(まつの せいご)
2004年,九州大学大学院経済学研究科経済工学専攻博士課程修了(博士(経済学))。
現在,宇部工業高等専門学校経営情報学科准教授。