通信産業の経済学2.0
内容紹介
本書は、通信産業と通信政策をめぐる経済理論を解説している。これまで、本トピックを学ぶためには、ミクロ経済学や産業組織論の基礎知識を身に付けた上で、専門の研究書に進む必要があったが、基礎知識の水準と専門知識の水準のギャップが大きく、学部学生にとっては大きなハードルが存在した。そのため、本書は、高度な技術的知識や数学的素養の存在を前提とせず記述を展開し、専門的知識を有しない社会人やミクロ経済学の講義を履修済の学部3年生を対象に、大学院や実社会での高度な知識習得への橋渡しを意図している。
本書は,基本的なミクロ経済学の知識を有する読者を対象に「通信産業の経済学的な特質」についてとりまとめた前著『通信産業の経済学』の内容を現行化するとともに,通信ネットワークの上で発展を続けるインターネット業界に関連する内容を追加したものである。全体は四部から構成され、第1部(通信と市場メカニズム)において,本書が対象とする通信サービスや,一般的な産業政策についての基本的復習を行う。第2部(通信サービスの経済特性)では,通信産業において通常とは異なる取り扱いを必要とする理由について解説する。第3部(通信政策の理論)では,伝統的規制,規制緩和,競争政策について説明している。新たに追加した第4部(通信産業の展開)では,インフラ整備政策を紹介するとともに,通信インフラの上で発展しているインターネット業界について論じている。
技術進歩が著しく速い通信分野を取り扱う本書では,取りあげた具体例が陳腐化するスピードは極めて速い。そのため,初版刊行後3年にして改訂の機会を得られたことは幸運である。本書が前著に引き続き,通信経済学という分野に対する読者の知的好奇心を少しでも掻き立て,関連する議論を幾分かでも喚起することを期待したい。
目次
改訂増補版はしがき
初版はしがき
第 1 部 通信と市場メカニズム
第1章 通信サービスと規制枠組み
1. はじめに
2. 通信の仕組み
2.1. 通信ネットワークの構造
2.2. 対話型サービスと情報提供型サービス
3. 通信事業の歴史
3.1. 固定電話
3.2. 携帯電話
3.3. インターネット
3.4. 市場の現状
4. 産業政策の変遷
4.1. 産業育成
4.2. 事業規制
4.3. 競争政策
引用文献
第 2 章 市場メカニズムと政府の役割
1. はじめに
2. 市場メカニズムが達成するもの
2.1. 市場モデル
2.2. 家計の意思決定
2.3. 企業の意思決定
2.4. 競争均衡
2.5. 効率性と公平性
3. 市場メカニズムの限界と解決策
3.1. 「夜警国家」的モデル
3.2. 効率性の前提条件
3.3. 効率性の失敗(狭義の市場の失敗)
3.4. 公平性の失敗
4. 通信分野への政府介入
4.1. 市場は失敗しているのか?
4.2. 政府介入・産業政策
4.3. 規制緩和
引用文献
第 3 章 産業政策の基礎理論
1. はじめに
2. 産業構造政策
2.1. 産業構造の変化
2.2. 望ましい産業構造
2.3. 幼稚産業保護
2.4. 産業転換・産業調整
3. 産業組織政策
3.1. 競争至上主義の是非
3.2. わが国の通信産業政策
4. 戦略的貿易政策
4.1. マーシャルの外部性
4.2. 補助金競争
引用文献
第 2 部 通信サービスの経済特性
第 4 章 通信サービスの需要
1. はじめに
2. ネットワーク効果と外部性
2.1. ネットワーク効果
2.2. ネットワーク効果による外部性
2.3. ネットワーク外部性の内部化
2.4. メトカーフの法則
3. 閾値加入者数とネットワーク規模
3.1. 閾値加入者数
3.2. ネットワーク規模の決定
3.3. 安定均衡と不安定均衡
4. ネットワークの均衡点
4.1. 均衡点の数と安定性
4.2. クリティカル・マス
4.3. クリティカル・マスによる均衡の性質
5. 市場加入需要曲線
5.1. 需要曲線の導出1
5.2. 需要曲線の導出2
5.3. 数値例
引用文献
第 5 章 ネットワーク効果の影響
1. はじめに
2. 通信需要と加入需要
2.1. 個別通信需要と加入需要
2.2. 現実の加入需要
2.3. 個別通信需要と市場通信需要
3. スタートアップ問題
3.1. 新規参入事業者の対応
3.2. 先行している事業者の活用
3.3. クリティカル・マスの大きさ
4. 既存事業者への影響
4.1. 事業経営の非効率性
4.2. 過剰慣性と過剰転移
4.3. ユニバーサルサービスの価値
5. ネットワーク間競争
5.1. The winner takes all.
5.2. 複数ネットワークの共存
5.3. 事業者の具体的な戦略
引用文献
第 6 章 通信サービスの生産
1. はじめに
2. 通信ネットワーク
2.1. 充足の経済,設備の不可分性
2.2. ネットワークの構造
3. ネットワークの構築
3.1. 構築コスト
3.2. 大規模構築のメリット
3.3. ネットワークの混雑
4. サービスの生産費用
4.1. TS コストとNTS コスト
4.2. 生産費用の固定費化
4.3. ネットワーク規模自体の変化
5. 規模の経済
5.1. 平均費用逓減
5.2. 規模の経済・不経済
5.3. 環境変化の影響
6. 範囲の経済
6.1. 範囲の経済
6.2. 費用構造の備えるべき性質
7. 通信事業の構造
7.1. 規模の経済と範囲の経済
7.2. 独占の安定性
7.3. 自然独占
引用文献
第 3 部 通信政策の理論
第 7 章 参入規制と料金規制
1. はじめに
2. 独占企業の料金設定
2.1. 独占企業の行動
2.2. 自然独占の場合
2.3. 社会的厚生からの評価
3. セカンドベスト料金
3.1. 限界費用価格形成
3.2. 平均費用価格形成
3.3. 二部料金制
3.4. ピークロード料金
4. 参入規制
4.1. 根拠としての自然独占
4.2. その他の根拠
5. わが国における伝統的規制
5.1. 公正報酬率規制
5.2. 第一種電気通信事業への参入許可
引用文献
第 8 章 伝統的規制の限界と解決策
1. はじめに
2. 伝統的規制をめぐる環境変化
2.1. 規制のコスト
2.2. 需要環境
2.3. 生産環境
2.4. 政策環境
3. 伝統的規制の本質的問題点
3.1. 内部効率化インセンティブへの影響
3.2. アバーチ=ジョンソン効果
3.3. 規制運用面の非効率性
4. インセンティブ規制
4.1. 免許入札制
4.2. ヤードスティック競争
4.3. 価格上限規制
5. コンテスタブル市場
5.1. コンテスタビリティ理論
5.2. コンテスタビリティ理論の展開
引用文献
第 9 章 新規参入の促進
1. はじめに
2. 新規参入
2.1. 競争形態と不可欠設備
2.2. 設備競争とサービス競争
2.3. 投資の階段
2.4. 接続
3. 既存ネットワークの利用料金
3.1. 最適料金
3.2. LRIC 方式の既存事業者への影響
3.3. 価格スクイズ
3.4. わが国の経験
4. 内部相互補助
4.1. レバレッジ
4.2. 不当廉売への対処
5. 標準 化
5.1. デジュリvs. デファクト
5.2. 標準化戦争
5.3. スイッチングコスト
5.4. ロックイン下の競争
6. 新規参入事業者の保護・育成
6.1. 幼稚産業保護論の応用
6.2. 直接支援と間接支援
引用文献
第 4 部 通信産業の展開
第 10 章 通信ネットワークの整備
1. はじめに
2. ネットワーク整備の価値
2.1. 経済へのインパクト
2.2. ユーザー側の条件整備
2.3. 情報通信産業の経済貢献
3. ネットワークの最適規模
3.1. 専用部分と共用部分
3.2. 技術進歩と事業者協調
3.3. ネットワークの混雑
3.4. 提供条件の影響
4. 周波数オークション
4.1. 電波という資源
4.2. 配分方法の比較
4.3. 効率解達成の条件
4.4. ルールの選択
4.5. 公平性・収入極大化の視点
引用文献
第 11 章 ネット産業の経済学
1. はじめに
2. 最適事業範囲
2.1. 取引費用経済学(Transaction Cost Economics)
2.2. 情報化の影響
2.3. 垂直統合の効率性
3. ビジネスモデルの模索
3.1. 無料モデル
3.2. 無料サービスの価格
3.3. 両面市場
3.4. 定額料金制と従量料金制
4. ネットワーク中立性問題
4.1. 問題の本質
4.2. トラフィック混雑への対処
4.3. プロバイダの市場支配力問題
4.4. 品質リテラシーの確保
4.5. 「ネットワーク中立性」からの中立性
引用文献
より高度な学習のための参考文献
索 引
著者紹介
実積寿也(じつづみ としや)
九州大学大学院 経済学研究院 教授
郵政省(現 総務省),長崎大学,日本郵政公社を経て,2004年より現職
東京大学法学部卒業(法学士),New York University経営大学院修了(MBA[Finance]),早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了(博士[国際情報通信学])
専門は通信政策および通信経済学
総務省情報通信政策研究所特別上級研究員,国際大学GLOCOMフェロー,早稲田大学プロジェクト研究所「デジタル・ソサエティ研究所」招聘研究員を兼務
2006年度安倍フェローとしてコロンビア大学CITIにてvisiting scholar
主要著書
『ネットワーク中立性の経済学 ― 通信品質をめぐる分析』(2013年 勁草書房)
『通信産業の経済学』(2010年 九州大学出版会)
『IT 投資効果メカニズムの経済分析 ― IT 活用戦略と IT 化支援政策』(2005年
九州大学出版会)
主要所属学会
情報通信学会,公益事業学会,日本地域学会,生活経済学会,International Telecommunications Society