書評
読売新聞 2009年9月6日(日) 読書欄「本よみうり堂」より
生活を向上させるには
経済成長は,アダム・スミス以来経済学者が絶えず研究対象としてきた。経済はどんな要因で成長するか。本書は,経済成長に関する近年の研究成果をわかりやすくまとめており,世界経済のダイナミックな動きの源泉を深く考えさせてくれる。
高齢化した日本では,経済成長など追求しなくてよい,との声が聞こえる。しかし,経済成長を止めてしまえばどうなるか。他方で,中国などの新興国では高度成長が目覚ましい。新興国が成長し日本が成長しなければ,やがて新興国は日本と同じ所得水準になる。つまり,経済力を相対的にみれば,日本は今なら優位にたつが,成長しなければやがて対等になってしまう。今は,高所得国として経済大国の力に任せて原油や食糧などを大量に輸入できているが,新興国と同程度の所得水準になれば,それは通用しなくなるのだ。それでも,日本は経済成長を追求しなくてよいだろうか。
今般の衆議院選挙の結果,民主党中心の政権が実現しそうだが,経済成長戦略をまだ強く打ち出していない。1990年代以降,経済が低迷しているだけに,経済成長をどう図るか,真剣に検討すべき時である。
世界各国の経済成長をつぶさに観察した本書が示唆するように,長期的に見たとき,経済成長には,技術進歩や体験による学習などを通じた生産性の向上が欠かせない。それには,優れた教育が求められるのは当然として,経済成長を促す政治のスタンスや,法制度も作用していることが,明らかにされている。目下の日本では,貧困層への政策に関心が集まりがちだが,経済成長が貧困層の所得を増やす事実も示されている。経済成長を追求することと格差を是正することは,必ずしも矛盾するわけではないのだ。
長期にわたる経済成長の事例を研究した新しい成果が,本書には盛り込まれており,人々の生活をよくするための経済成長はいかなるものかを教えてくれる。
評・土居丈朗(経済学者・慶應義塾大学経済学部教授)