近代文学の橋 風景描写における隠喩的解釈の可能性

著者名
ダニエル・ストラック
価格
定価 5,940円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0134-5
仕様
A5判 上製 372頁 C3095
発行年
2014年8月
その他
第5回 九州大学出版会・学術図書刊行助成 対象作
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内容紹介

近代文学を発展させた作家たちは様々な問題に取り組んでいた。表現体において「言文一致体」がその諸問題に対する解決案の一つであったが,近世から近代にかけて,文学の意味内容も吟味されるようになった。文芸的思潮の流れの中で「橋」は作中に数多く登場しているが,この頻出の原因は一体何だろうか。

本書は,橋が登場している近代文学の複数の名作において,「橋」が如何に描写されているのか,その箇所が如何に作品全体の意味合いに貢献しているのかを調査するものである。イデオロギーなどを主題の一つとして取り上げる近代の小説家や詩人がその観念を具現化しようとする際に,「橋」はその目的を達成するために容易に活用できるプロップである。隠喩的な橋が風景描写に織り込まれている場合,「橋」の描写が,ロゼッタ石のように,作中の異なる次元を読み合わせるための技巧として機能していると考えられる。このため,近代文学作品を「橋」の視点から分析すれば,風景描写に潜んでいる近代的思想性が明らかになる。

例えば,本書の三章は,島崎藤村の「破戒」における複数の橋の風景描写を取り上げて,それらの橋の文芸上の機能について考察する。この分析によって鮮明になるのは,どの場面においても橋は単なるプロップではなく,物語展開の過程や登場人物の心境を反映する表現媒体であるということである。つまり,近代文学の「橋」は,古典文学に見られる歌枕として登場している橋と比較して,より自由に操作できる素質を持っている。

「歌枕から風景描写へ」という時代の流れを検証する本書は,近代文学における「橋」の隠喩的特徴の分析を通して,近代文学作品の風景描写に潜在している思想性を論じている。多数の文学作品を橋の視点から分析した後の結論は,古典に見られる,彼岸と此岸,生と死,そして聖と俗を「つなぎ」「隔てる」場として機能する橋の隠喩的本質には不動な特徴があるとはいえ,表現法の変化に焦点を当てれば,近代文学の橋には新しい性質も発見できるというものである。以上のような方法をもって,本書は「橋」の視点から近代文学を眺めて,その思想的深層を追求している。

目次

  凡  例
 
序章 時代と場所を超えて
 
  一 近代文学と風景描写
  二 「歌枕」と〈別れの場〉としての橋
  三 民俗や伝説に見られる橋の境界性
  四 近代文学における橋の役割を問う
  五 風景を巨大なメタファーとして読む
  六 本書の構成
 
一章 「かけはしの記」に見られる子規の理由なき反抗
 
  一 文学作品の解釈は可能なのか
  二 文脈効果と共時的文脈
  三 文学に見られる文脈効果
  四 「おくの細道」に見られる隠喩的二重構造
  五 「更科紀行」における〈橋〉の隠喩
  六 「かけはしの記」における〈橋〉の隠喩
  七 伝統の「細道」から離脱する子規
 
二章 鏡花の境界性と民俗受容
 
  一 「化鳥」の橋に見られる境界性
  二 民間伝承と鏡花の橋姫像
  三 「化鳥」における母性と「遊女説」
  四 「羽衣伝説」と能の影響
 
三章 「破戒」の風景描写に潜在している隠喩
 
  一 自然描写と叙情
  二 橋の描写に託されている思想的裏面
  三 テキサスへの「逃避」
  四 タイトルに見られる両義性
  五 「破戒」と「橋のない川」の関係
  六 虚構、リアリズム、そして社会における変化
 
四章 「川」に見られる假橋と「神秘感」の一考察
 
  一 作品構成に見られる「起承転結」
  二 川、そして海の描写
  三 「假橋」によって生じるアイロニー
  四 直助の詩の構成と神秘感の喚起
  五 多重性による神秘感
 
五章 橋の視点から見た「斜陽」の恋と革命
 
  一 橋と恋愛関係
  二 ニコライ堂の見える橋とかず子の決断に関して
  三 「炎の橋」、「恋」、そして旧道徳の超越
  四 橋の視点から見た「革命」の政治的思想性
 
六章 三島の「橋づくし」と近代
 
  一 着想の研究史、そして新説
  二 「橋づくし」に見られる橋のメタファー
  三 運命を逆転させる橋
  四 行動こそ、精神の表現
  五 「橋づくし」に隠されている反近代的思想
  六 謎のエピグラフに関して
 
七章 「泥の河」における〈橋〉と〈舟〉の対立
 
  一 作品の舞台と社会的背景
  二 「泥の河」における〈橋〉と〈川〉のイメージ
  三 異界同士をつなぐ〈橋〉
  四 〈舟〉と〈浮世〉との関連性
 
八章 近代文学に見られる隅田川の空間変容
 
  一 隅田川の歴史及び文学的伝統
  二 渡し舟から橋への変化
  三 鉄橋の登場
  四 関東大震災、そしてその後の復興計画
  五 戦後の喪失感
 
終章 近代文学における〈橋〉の記号的伝達性に関して
 
  一 近代文学における〈橋〉の特徴
  二 「歌枕」から「風景描写」への移行
  三 画一的な〈橋〉の隠喩に見られる「思想性」
  四 橋の視点から見た作家の個性
  終わりに
 
〈橋〉が登場する主要な近代文学作品一覧
 
参考文献
あとがき
索  引

著者紹介

ダニエル・ストラック(Daniel C. Strack)
1967年生まれ。米国出身。博士(比較社会文化)九州大学比較社会文化学府日本社会文化専攻。現在,北九州市立大学外国語学部英米学科准教授(日英翻訳担当)。既出の著書は Literature in the Crucible of Translation: A Cognitive Account.[認知言語学の観点からみた文学の翻訳論](2007年,大学教育出版,単著)。

学術図書刊行助成

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