内容紹介
ケニア海岸部の諸社会においては、他人に神秘的なしかたで危害をもたらす「妖術」は、単なるファンタジーの対象ではなく、人々が日常生活において常に警戒し対処すべき中心問題の一つであった。それは今日なお周期的に発生する地域を挙げての「魔女狩り(抗妖術運動)」や、隣人や家族内での殺人などの深刻な社会現象をも引き起こしている。
本書は、妖術信仰を伝統的/近代的という視点から解放し、条件がそろえば任意の社会にインストール可能な一種のプログラムのようなものとして捉え、それを構成する信念セットと実践系が具体的な人々の生と社会状況の中でいかに再帰的(recursive)に「実行」されているかを、ケニア海岸部のドゥルマ人社会を対象におこなった現地調査の豊富なデータをもとに明らかにしたものである。妖術信仰という「プログラム」が個々人の経験の水準で、そして歴史と政治のマクロな水準で、それぞれどのように実行され、それがどのように自己に最適化した現実を生成し、自らをその力で支えるような構造になっているかを示すことを通して、信念一般のもつ呪縛性の謎に迫る。
単にアフリカの一社会に限らず、しばしば我々の社会においても、特定の信念に凝り固まった人々のあいだの、相互の対話すら不可能に見えるような溝がいたる所に走っている。こうした信念のカスケーディングとでも呼べる現象がどのようなプロセスの産物であるかを明らかにしていくうえでも、本書は有効な手がかりとなるであろう。