内容紹介
本書は,40数年にわたる著者のインタナショナル(国際社会主義)史研究を振り返る著作として構想し,今から100年前,社会主義者によって追求された戦争と平和,そして革命をめぐるインタナショナルの理念と実践がどのような意義をもったか,を歴史的に解明することをめざしている。
具体的には,第一次世界大戦勃発とともに第2インタナショナルが機能停止に陥ったことを契機に登場した国際反戦社会主義運動であるツィンメルヴァルト運動(1915-19年)と,ロシア10月革命を背景として実現した第3インタナショナル,つまり共産主義インタナショナル(通称コミンテルン)の創設(1919年3月)との連続する二つのテーマを中心に,国際社会主義運動の一大再編過程をインタナショナル(国際社会主義)史として包括的に捉えることをめざしている。
ここで言うインタナショナル史とは,従来,第2インタナショナルやコミンテルンを世界大会および執行機関を中心に捉えてきた「上から」のインタナショナル史ではなく,ジョルジュ・オープトやロバート・ウィーラーが「社会史」的方法論を駆使してめざした,いわば「下から」のインタナショナル史である。両者が相次いで亡くなった1977,78年以降,その斬新な研究は引き継がれることはほとんどなく,社会主義運動史研究自体が低調となった。しかし,社会主義体制崩壊後,旧ソ連などの文書館史料の公開に伴い,イデオロギー的価値判断に惑わされることなく,今だからこそ可能な歴史研究として,とりわけ欧米ではコミンテルン研究がつい最近まで活況を呈していた。かかる動きに刺激を受けながら,著者自身のインタナショナル史研究も,新たに得られた文書館史料を駆使して飛躍的に進められた。
本書はインタナショナル史のケイス・スタディでもあり,とくに着目したのは,自らの偽名として “Globetrotter”〔世界を股にかけて旅する人〕をヒントに “G.L. Trotter” を一時期使っていたS.J. リュトヘルスである。オランダ社会主義者であり,かつ土木技師であった彼には,大戦前夜から1920年代にかけて蘭領インド アメリカ 日本 ソヴェト・ロシア ラトヴィヤ オランダ クズバスにおける文字通り「インタナショナル」を自ら体現したかのごとき活動があった。かかる活動の追跡調査というスタイルを本書に組み入れることによって, 片山潜,L.C. フレイナ,F. ロジン,N. ブハーリン,A. コロンタイ,H. スネーフリート,L.K. マルテンスら多彩な顔ぶれのインタナショナルなつながりが初めて解明されることになった。
本書では,概説的ではなく,文書館史料をも活用して実証的に掘り下げ,時には問題史的に対象を捉えることがめざされた。一部には仮説的な考察も含まれるのだが,それは著者が長年めざしてきたインタナショナル史研究の全体像をヨリ見通しが立てられるかたちで問題提起的に示したいと願ったからである。