内容紹介
中世インドの思想家たちによる自由闊達な議論はインド思想史の発展を促した。インドにおける議論学の歴史は古代ギリシャから続く西洋の議論学の歴史に匹敵する。連綿と続く議論の伝統を下支えしたのは、古くより議論学の体系を有するニヤーヤ学派や仏教徒に他ならない。本書は、インドの知的伝統のダイナミズムを議論学の側面から考察するものである。
主資料として9〜10世紀にカシミールで活躍したニヤーヤ学派の学匠バッタジャヤンタによる哲学巨編『ニヤーヤマンジャリー(論理の花房)』を取り上げ、未だ翻訳研究すら存在しない「議論学章」について、原典写本を用いて解明する。インド議論学史を見通すための俯瞰的な視点を与えてくれる一次文献が限られている中で、博学才穎たるジャヤンタの視点はインド議論学史を見渡す一つの指標となりうる。
第Ⅰ部では、本書を構成する主要素ともいえる〈インド議論学〉〈ニヤーヤ学派〉〈バッタジャヤンタ〉〈『ニヤーヤマンジャリー』〉について概説した上で、関連する先行研究を通覧し、インド議論学研究における本書の位置付けを示す。第Ⅱ部では、仏教などのインド哲学諸派の見解を踏まえて、議論形態や論証の誤謬、討論術等のインド議論学・論理学上の諸概念に関する分析を行う。
具体的には、ニヤーヤ学派の根本経典『ニヤーヤスートラ』に教示される16原理中、〈議論形態及び討論術〉に関する7原理 論議・論諍・論詰・疑似的理由・曲解・詭弁的論駁・敗北の根拠 を順次取り上げ、『ニヤーヤマンジャリー』の記述を軸として、ヴァーツヤーヤナ、ウッディヨータカラ、ウダヤナ等のニヤーヤ学派の諸論師や仏教論理学派のダルマキールティなどの見解をもとに諸概念の変遷を跡付ける。