内容紹介
幕末から明治初期に日本を訪れ,滞在記や日本および日本人に関する著作を著した外国人は数多い。R. オールコックやE. サトウのような英国人外交官の諸著作が有名であるが,本書のようにドイツ人の著した滞在記は珍しい。本書は幕末の1860年と明治初年の1870年の二度にわたり訪日を果たした,プロイセン出身の近代地理学の大家フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン(1833~1905)が日本滞在中の体験を記した日記の翻訳である。
一度目目の滞在記では江戸とその周辺の印象,幕府との条約締結交渉の過程や攘夷に揺れる不穏な情勢および長崎訪問が,二度目の滞在記では横浜に到着後に富士登山を果たし,中部山岳地帯を抜けて名古屋・大阪へ,さらにそれまで外国人がほとんど立ち寄ることのなかった長崎~天草~鹿児島~霧島~熊本~佐賀の九州周遊が描かれ,雲仙と霧島登山、鹿児島の金鉱山訪問に球磨川下りまで果たしている。幕末の動乱期および明治維新直後における日本の社会と文化・風俗,そして武士から庶民層まで様々な階層の日本人の素顔を知ることができる貴重な史料の翻訳である。
リヒトホーフェンの滞在記も他の外国人同様に,日本および日本人の美点や長所に対する感嘆に満ちた記述が随所に見られる。また,勤勉で,清潔で,器用で,学習意欲が旺盛な国民性,浅草の喧騒や品川の遊郭の繁盛ぶりなど当時の人々の日常の営み,頻発する地震・台風などの自然災害,産業化以前の山河海浜の景観など,外国人ならではの観点から「われら失いし世界」が活写される。150年前の日本人がどのように激動の時代に立ち向かい,新しい国家や社会を作り上げていったのかを知ることは,ともすればこの国の将来に懐疑的な我々に多いに示唆を与えてくれるであろう。