前近代イスラーム社会と〈同性愛〉 男性同士の性愛関係からみた社会通念の形成過程

シリーズ名
九州大学人文学叢書 23
著者名
辻󠄀 大地
価格
定価 5,280円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0384-4
仕様
A5判 上製 314頁 C3322
発行年
2025年4月
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内容紹介

本書は、およそ9-15世紀のイスラーム社会における〈同性愛〉という概念が芽生えていく過程を明らかにするものである。一般に、現代に至るまでイスラーム法では同性愛が禁じられているが、歴史的には男性同士の性愛が文学作品などに広く描かれている。本書は、このような状況を歴史学的に理解するため、様々な事例を文献に則って具体的に示すと同時に、「近代の産物」とされる「同性愛概念」に類似したものが、イスラーム社会において前近代において芽生えつつあったことを明らかにする。

序章から第1章まで、かなりの紙幅を割いて、本書の前提が入念に記される。まず、そもそも現在我々が一般に想像する「同性愛」とはどのようなものか、それがどのように「構築」されて「誕生」するに至ったとされてきたかが、「同性愛」研究の文脈を辿るかたちで明示される。そしてそれがイスラーム史ではどのように捉えられてきたかが、イスラーム史研究の道程に沿って示される。そこで本書の方針が定められ、抽出された必要な要素が、以下の各章で有機的に説明される。また第2章で示される、性愛にまつわるアラビア語史料の類型は、本書を読む上での明瞭な道筋となると同時に、今後この分野を学ぶことを志す者にとって有益なガイドとなるかもしれない。

第3章から第6章で展開される内容では、様々なアラビア語史料から、〈同性愛〉概念が芽生えてゆく過程が、当時の社会背景とともに明かされてゆく。逸話集を中心とした文学作品をはじめ、医学史料や性愛学文献、人名録や年代記まで多種多様なアラビア語史料が歴史学的手法によって扱われる。そこからは、当時の社会通念や権力構造、ジェンダー規範などが浮かび上がり、「同性愛」の問題に限らず当時の多様なセクシュアリティのあり方が広く、社会との関連から明かされる。また付録として付される、9世紀のアラビア語逸話集『ジャーリヤ(女奴隷)とグラーム(少年奴隷)の美点の書』の訳注は、それを扱う本書内の論考の説得力を増させると同時に、日本語で当時の世界観を味わうことのできる貴重な機会を提供する。

かなり大胆な問題に挑む本書であるが、イスラーム史に限らず、各地域・時代の社会史や、現代のジェンダー理論など、様々な関心からご一読いただきたい。

●『ジャーリヤ(女奴隷)とグラーム(少年奴隷)の美点の書』の一節
「敬虔で禁欲主義的な人々のなかには、女性器や男性器、性交などにまつわる話になると、嫌気を催し、心を閉ざしてしまう者もいる。あなたの知る大半の者はこのようであろうが、そうした男は、深い知識や高邁な精神や寛大さや落ち着きを持ち合わせておらず、ただ偽善だけがあるような者なのである。」

目次

序 章
 
 第一節 前近代イスラーム社会における「同性愛」とは何か
 第二節 本書の視座  〈同性愛〉概念の萌芽  
 
第一章 「同性愛」をめぐる歴史学的研究の展開
 
 第一節 「同性愛」の「誕生」をめぐる研究史
  第一項 「同性愛」の歴史の研究史
   「性愛の歴史」研究の始まりと発展/フーコーの「ソドミーから同性愛へ」テーゼ/
   「同性愛」の「誕生」/歴史学における本質主義対構築主義論争
  第二項 「同性愛」の「誕生」とは何か
   「同性愛」という用語の成立/「同性愛」概念の形成過程
 第二節 前近代イスラーム社会の「同性愛」をめぐる諸問題
  第一項 前近代イスラーム社会の「同性愛」をめぐる研究史
   イスラーム社会における「同性愛」の記述/本質主義的研究/構築主義的理解の台頭/
   構築主義的理解の一応の「勝利」/応用と展開
  第二項 研究史上の論点と問題点
 第三節 本書の目的と分析方法
   本書の目的/本書での分析対象と方法
 
第二章 性愛について語る史料
 
 第一節 文学史料
   韻文作品における性愛/外来の散文作品における性愛/アラブの散文作品とアダブ/
   アラブの散文作品における性愛
 第二節 医学史料と性愛学文献
   医学史料と性愛/性愛学文献/性愛学文献の位置付け/性愛学文献のアダブへの影響
 
第三章 9世紀イスラーム社会における性愛観念  「挿入モデル」の再検討  
 
 第一節 同性間での性愛にまつわるジャーヒズの著作
 第二節 『ジャーリヤとグラームの美点の書』から見る性愛構造
  第一項 「ジャーリヤ」「グラーム」という語が指す対象
  第二項 ジャーリヤ・グラームへの評価と成人男性への評価
  第三項 非・成人男性と成人男性の境界
   グラームと成人男性の境界/去勢者と成人男性の境界/ムハンナスと成人男性の境界
 第三節 成人男性の美徳としての「男らしさ」
 第四節 小括
 
第四章 9-11世紀イスラーム社会の「異性装」とセクシュアリティ
 
 第一節 イスラームの理念における「異性装」  ハディースとその解釈  
 第二節 歴史史料のなかの「異性装」
   (1)女性の装いをする成人男性
   (2)女性の装いをする非・成人男性
   (3)非・成人男性の装いをする女性
   (4)成人男性の装いをする女性
 第三節 異性装から見る「男らしさ」「女らしさ」とジェンダー構造
 第四節 小括
 
第五章 同性間での性愛にまつわる医学的言説の展開  医学書と性愛学文献  
 
 第一節 医学史料における男性同士の性愛についての記述
  第一項 ラーズィー『秘密の病』
  第二項 イブン・スィーナー『医学典範』
 第二節 性愛学文献における男性同士の性愛についての記述
   (1)アリー・ブン・ナスル『快楽大全』
   (2)サマウアル・ブン・ヤフヤー『恋人と交際する友たちの楽しみ』
   (3)シャイザリー『心の庭と愛し愛される者たちの楽しみ』
   (4)ティーファーシー『比類なき書における心の楽しみ』
   (5)イブン・ファリータ『理知的な男の恋人との付き合い方』
 第三節 小括
 
第六章 前近代イスラーム社会におけるムハンナス概念の変遷
      「ムハンナスのアッバーダ」にまつわる言説を通じて  
 
 第一節 「物語」としてのアッバーダ  12世紀以前没の著者による記述  
  第一項 トリックスターとしての「ムハンナスのアッバーダ」
  第二項 アッバーダ認識の変化  逸話集における著述形式の変化と医学知識の浸透  
 第二節 「史実」としてのアッバーダ  13世紀以降没の著者による記述  
  第一項 アッバーダの逸話の「史実化」  12世紀以前の人名録・年代記から  
  第二項 「史実」としてのアッバーダとムハンナスに対する認識の固定化
 第三節 小括
 
終 章
 
   本書のまとめ/今後の課題
 
史料 ジャーヒズ著『ジャーリヤとグラームの美点の書』訳注
 
 あとがき
 注
 参考文献
 索引

著者紹介

辻󠄀 大地(つじ だいち)
 
九州大学大学院人文科学府博士後期課程修了、博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員PD(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)を
経て、現在は東京都立大学人文社会学部助教。専門は前近代イスラーム社会史。

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