中世玄界灘地域の朝鮮通交
- 著者名
- 松尾弘毅
- 価格
- 定価 8,580円(税率10%時の消費税相当額を含む)
- ISBN
- 978-4-7985-0348-6
- 仕様
- A5判 上製 380頁 C3021
- 発行年
- 2023年9月
- その他
- 第13回 九州大学出版会・学術図書刊行助成 対象作
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内容紹介
中世日朝関係は、多数の日本人通交者が朝鮮と交易を展開したという多元性が特徴とされてきた。『朝鮮王朝実録』や『海東諸国紀』などの朝鮮側の史料には、日本の史料では確認できない様々な階層の通交者が来朝したと記されている。しかし、「深処」と称される対馬以外の地域から来る日本人通交者の大半は、15世紀より既に対馬や博多の通交勢力が派遣していた偽使であることが解明された。こうした研究成果により、日朝通交における日本人通交者の多元性は、ともすれば偽使派遣勢力が作り出した虚構に基づく幻想に過ぎないと捉えられてきた。
しかし、深処には偽使が横行し始めたとされる15世紀中期においても、独自に朝鮮との関係を進展させて使者を派遣していた通交者も存在する。従って、当時の通交状況を偽使のみに集約して考えることは、実態にそぐわない。さらに日朝通交は、使者のみならず、興利倭人や漁民といった、実際に朝鮮に来朝して経済活動に従事する零細な海民によっても支えられていた。こうした関心に基づき、本書では中世日朝通交の特徴とされる地域の広域性・階層の重層性・性格の多様性について、通交権と名義の視点から分析を加え、その実態を明らかにした。
第一部では、個々の地理的特性に基づいて朝鮮と通交関係を構築した壱岐・松浦・五島各地方の在地勢力について通交状況を洗い出し、偽使も含めた通交実態の解明を行った。これにより、歳遣船定約に基づいて派遣された偽使の名義には実在する在地勢力が反映されている点、さらに朝鮮が通交権を給するに当たって、過去の通交実績と在地における勢力状況を判断材料としており、偽使派遣勢力はそれを熟知した上で偽使として派遣する通交名義を選定・調整していたことが明確となった。
第二部では、階層の重層性及び性格の多様性を特徴とする零細な朝鮮通交者の中から、朝鮮に渡航して通交を行った向化倭人・受職倭人を素材とし、その活動や待遇を明らかにした。また、15世紀中期に受職が通交権化し、受職人通交者が出現した過程と受職通交権の運用実態について分析を加えた。さらに16世紀の対馬において、喪失した通交権益を補填するものとして受職通交権の獲得が試みられたこと、図書通交権が復旧した後は、島内支配を貫徹するために名義の付け替えが行われたこと、受職通交権により得られる権益は純益性が高く、実際に朝鮮に渡航する通交者からの希求度は高かった点などを指摘した。
本書により、中世日朝通交における多くの偽使名義には在地の状況が反映されていることが明らかとなった。また、日本人通交者の中に受職人通交者を位置付け、受職通交権の成立過程と運用実態を解明する成果を得た。結果として、中世日朝関係は対馬や博多の動向のみから全容を解明できるほど単純ではなく、依然として多元的な性格を内包していることを浮き彫りにできた。今後、新たに日朝関係史研究を進めていくに当たって、本書の成果はその基礎に位置付けられるものである。
目次
序 論 本書の目的と構成
一 中世日朝関係史研究の現況と本書の目的
二 本書の構成
第一部 中世後期壱岐・松浦地方の在地勢力による朝鮮通交
第一章 壱岐松浦党の朝鮮通交
はじめに
一 志佐氏の朝鮮通交
(一) 太宗期における通交
(二) 世宗期における通交
(三) 文宗期以降の通交
二 佐志氏の朝鮮通交
(一) 世宗前~中期における通交
(二) 世宗後期以降の通交
三 鴨打氏の朝鮮通交
(一) 太宗~端宗期における通交
(二) 世祖期以降の通交
四 呼子氏の朝鮮通交
(一) 世宗期における通交
(二) 文宗期以降の通交
五 塩津留氏の朝鮮通交
(一) 塩津留本家の通交
(二) 塩津留系寺院の通交
六 真弓氏の朝鮮通交
七 牧山氏の朝鮮通交
おわりに
第二章 田平・平戸松浦氏の朝鮮通交
はじめに
一 朝鮮史料から見た田平・平戸松浦氏名義の通交活動
(一) 田平氏
① 駿州太守源定
② 肥前州駿州太守源円珪
③ 肥前州田平寓鎮駿州太守源省
④ 駿州太守源省後室融仙
⑤ 肥州太守源義
⑥ 肥前州田平寓鎮弾正少弼源弘
(二) 平戸松浦氏
① 肥前州平戸寓鎮肥州太守源義
② 肥前州太守源義松
③ 肥前州平戸寓鎮肥州太守源豊久
二 国内史料に見える田平・平戸松浦氏
(一) 田平氏
① 駿州太守源定
② 肥前州駿州太守源円珪
③ 肥前州田平寓鎮駿州太守源省
④ 駿州太守源省後室融仙
⑤ 肥州太守源義
⑥ 肥前州田平寓鎮弾正少弼源弘
(二) 平戸松浦氏
① 肥前州平戸寓鎮肥州太守源義
② 肥前州太守源義松
③ 肥前州平戸寓鎮肥州太守源豊久
三 田平・平戸松浦氏の偽使問題
(一) 田平・平戸松浦氏名義の偽使
(二) 通交名義「源義」の実態
(三)「源義」の偽使の派遣主体
おわりに
第三章 五島諸氏の朝鮮通交と通交体制
はじめに
一 15~16世紀における五島諸氏の朝鮮通交
(一) 宇久氏
(二) 奈留繁
(三) 大値賀幡
(四) 瑞祥祝賀使
二 五島諸氏の偽使と対馬による文引 歳遣船通交体制
(一) 一五世紀における五島諸氏の偽使問題
① 宇久勝名義の偽使問題
② 奈留繁名義の偽使問題
③ 大値賀幡名義の偽使問題
④ 瑞祥祝賀使名義の偽使問題
(二) 対馬による文引発給と歳遣船通交体制
三 漂流人送還体制における五島と対馬
(一) 一六世紀における漂流人送還体制
(二) 宇久純定による漂流人送還と対馬
(三) その後の五島の朝鮮通交
おわりに
補論1 図書制度の運用実態と対馬による偽使名義創出
一 通交権授給と来朝時の審査
(一) 世宗初~中期における図書求請
(二) 図書授給における判断基準
(三) 朝鮮による図書の審査状況
二 深処倭通交名義創出の手法
(一) 図書授給の判断基準に対する日本側の対応
(二) 偽使名義の実在性
(三) 偽使名義と図書改給
第二部 朝鮮前期における受職倭人の活動・待遇と通交権
第一章 向化倭人・前期受職人の活動と朝鮮の待遇
はじめに
一 向化と投化
(一) 向化と投化に関する先行研究
(二)『実録』における向化と投化の使用
(三) 向化と投化に対する認識
二 向化倭人に対する朝鮮の対応
(一) 向化倭人の種類と向化直後における朝鮮の対応
① 降倭
② 拘留後向化希望者
③ 生活困窮者
④ 技術者
⑤ 倭僧
(二) 向化倭人への生活保障
(三) 向化倭人の管理制度
三 前期受職人の活動と朝鮮の対応
(一) 朝鮮最初期における向化と受職
(二) 前期受職人の種類と活動
① 倭寇の首魁
② 技術者
③ 平道全
(三) 前期受職人に対する待遇
(四) 平道全への問罪と授職慣行の途絶
(五) 表思温への問罪
おわりに
第二章 壱岐藤九郎の朝鮮通交
はじめに
一 朝鮮通交権の獲得
(一) 一岐本居浦寓住藤七の朝鮮通交
(二) 朝鮮通交権の継承と活動
二 倭寇密告・捜捕と護軍受職
(一) 倭寇の密告と捜捕
(二) 護軍の受職
三 受職以後の朝鮮通交
(一) 朝鮮向化前後の通交
(二) 帰国以後の通交
(三) 一族の朝鮮通交
おわりに
第三章 後期受職人の性格と通交権
はじめに
一 後期受職人の性格
(一) 前期受職人と後期受職人の相違点
① 受職された人員
② 官職
③ 職務・役割
④ 受職の理由
(二) 受職の通交権化
(三) 後期受職人における個性の多様性
二 後期受職人の通交形態
(一) 自身の渡航による通交
(二) 図書権益による通交
① 受職倭人による図書通交権の行使
② 受職通交権のみによる通交(成宗期以降)
③ 図書通交権のみによる通交
(三) 使者としての渡航
おわりに
第四章 16世紀における受職通交権の集積と知行実態
はじめに
一 16世紀の日朝関係と授職要請
(一) 三浦の乱以前における日本人への授職
(二) 壬申約条直後の受職人の通交規制
(三) 対馬の通交権益復旧交渉と授職要請
(四) 丁未約条成立以後の授職要請
二 授職要請の根拠と朝鮮側の対応
① 漂流人の送還
② 物品の献上
③ 倭寇情報の報告
④ 親族の襲職
⑤ 使者の縁故者
⑥ 東平館自死人の子孫
三 受職通交権益知行者の変遷と知行の実態
(一) 受職通交権益知行者の変遷
(二) 受職通交権益の知行実態
おわりに
補論2 受職の通交権化に必要な要件と権益上の利点
一 朝鮮最初期における倭寇授職の実態
二 受職の通交権化と実職・散職
三 受職人通交者の階層と待遇・利益
四 壱岐・博多の受職人通交者の顛末
結 論 本書の総括と今後の展望
あとがき
参考文献
索 引
著者紹介
松尾弘毅(まつお ひろき)
九州大学大学院人文科学府博士後期課程修了、博士(文学)。
九州大学文学部助手、福岡工業大学非常勤講師、福岡市経済観光文化局文化財活用課文化学芸職などを経て、
現在、佐賀大学地域学歴史文化研究センター教務補佐員・西南学院大学非常勤講師。
〔主要業績〕
「日本歴史地名大系41 福岡県の地名」(分担執筆、平凡社、2004年)
「中世宗像氏の朝鮮通交と大宮司職継承」(『九州史学』第179号、2018年)
「中世宗像における「海の道」の交通環境」(新修宗像市史編集委員会編『新修宗像市史 海の道・陸の道』、2023年)