内容紹介
本書は、はシェイクスピア作『リア王』とトマス・ミドルトン作『復讐者の悲劇』を、それぞれの作品が成立したジャコビアン朝の社会的、政治的、経済的、文化的、精神的背景を踏まえて「近代の起源」という観点から論じたものである。
『リア王』を扱った第Ⅰ部では、公益より私益を追求する商業主義・個人主義を追求する近代ブルジョワ精神の方が劇の展開に沿って丁寧に論じられており、『復讐者の悲劇』を扱った第Ⅱ部ではイタリアに誕生したマニエリスムの影響を受けたジャコビアン朝の宮廷上演に言及しながら、登場人物の内面を表象する演劇的趣向が多くのマニエリスム絵画の図版を援用し論じられている。それはルネサンスの古典的理知主義から逸脱し、疎外された近代の個の萌芽を表現するもので、『復讐者の悲劇』における反理知主義の傾向は突き詰めればベケットやピンタオ等の20世紀の不条理演劇に通じると論じられる。
第Ⅰ部、第Ⅱ部いずれも、過去の批評理論やマニエリスム絵画史の成果を吸収し、新歴史主義や文化唯物論の刺激的な論考を自家薬籠中の物として書かれた渾身の作品論として、世界に日本の英文学研究の到達点を知らしめる力作である。『リア王』も『復讐者の悲劇』も共に中世から近代初期を経て現代へと向かう過渡期の世相を映写した時代の産物として分析され、二つの劇作品が提示する諸問題 共同体の崩壊、近代的個人主義、分断と格差の中で孤立し無縁の個人の孤独、自己疎外(世界に違和して外界の圧力に屈しつつ、内なる自己矛盾の苦衷に二重に身を捩るミケランジェロの「勝利像」を本書のテーマの象徴として表紙絵とした) は近代の行き詰まりを生きる我々自身が日々直面している今日的課題である。