北九州市立大学改革物語 地域主権の時代をリードする
内容紹介
法人化以降,受験者数のV字型回復,留年40%減,学生相談機能の集中,教員39名増,女性教員倍増,専任教員40名のセンター設置による教養教育の再生,地域創生学群,ビジネス・スクールの設置など,全国的に注目される改革の内容を現役学長が明らかにする。
目次
はしがき
第一編 大学政策を問う 歴史の審判に耐えられるか
第一章 戦後日本の大学政策と二十一世紀の「大学改革」
第二章 独自の道を模索する公立大学
第一節 存在感を高める公立大学
第二節 画一的な国立大学とは異なる多彩な公立大学の法人化
第三節 財源構成によって大きく異なる公立大学の改革
第四節 行政の「縦割り」と「横割り」の狭間に悩む公立大学
第五節 「地域医療の砦」・公立大学附属病院について考える
第六節 若者の地方定住の主役「公立大学」
第七節 シミュレーション 道州制と国公立大学の統合
第二編 大胆な改革で一新する伝統大学、北九州市立大学
第一章 独自の戦略で推進する北九州市立大学の改革
第一節 六五年の伝統を有する総合大学
第二節 改革ナビ「北の翼」、教学主導、スピード運営 改革三要素
第三節 改革の本質は「大学の自治」にある
第二章 教学主導の大学運営システム
第一節 「教員の自治」と「ミドルアップ」による大学運営
第二節 教員人事は教授会から教育研究審議会に
第三章 教養と専門のバランスを重視した教学改革 学部・学科再編
第一節 入学から就職まで一貫した教育システム
第二節 教養教育の再生及び、地域と時代が求める学部・学科再編
第三節 地域の創造と再生を担う人材の育成 地域創生学群の設置
第四節 本格化する図書館改革と新図書館建設
付章 九州大学での教育組織・研究組織の分離と全学重点化
第一節 学府・研究院制度の導入
第二節 九大大学院の全学重点化顚末記
第四章 学生サポート・システムの再編・強化
第一節 多様な相談機能の集中 学生プラザと早期支援システム
第二節 リーマン・ショックに柔軟に対応
第三節 自ら企画・実行する学生 社会的実践力を養う
第四節 勉強もサークルも一所懸命の学生
第五章 異文化交流キャンパスの構築
第一節 ボランティアが支える日本一留学生に親切な北九州市立大学
第二節 学生の低負担で動き出す派遣留学制度の拡充
第六章 地域貢献 「地域貢献日本一」を誇る大学
第一節 輝く「地域貢献日本一」
第二節 地域に根差す北九州市立大学のビジネス・スクール K2BS
付節 九大ビジネス・スクール開校セーフ
第三節 多世代交流キャンパスづくり
第四節 地域の大学の連携 大学コンソーシアム関門
第七章 地域振興の知的インフラ「北九州学術研究都市」を担う
第一節 地下に炭層が眠る北九州学術研究都市
第二節 自治体主導最大の学術研究都市
第三節 国公私立大学が一つのキャンパス
第四節 大学と自治体そして企業の三者でヒット商品
付章 九州大学伊都キャンパス移転の苦悩
第一節 開発と環境の接点を模索
第二節 開発と文化財保存の両立をめざして
第三節 難産だった「九州大学学術研究都市推進協議会」
第八章 ハイスピードの改革と大きな成果
第一節 ハイスピードの改革
第二節 一八歳人口減のなかで四年連続志願者増加・V字型回復
第三節 キャリア教育の定着と就職支援
第四節 運営費交付金年五%減のなかでの累積剰余
第五節 一〇億余の市税で七〇億の大学運営、二〇〇億円の経済効果
第九章 多くの機関から高い評価
第一節 法人評価委員会の「法人評価」
第二節 多項目で高い「認証評価」 大学評価・学位授与機構
第三節 改革が学生の満足度調査に反映
第四節 改革は教職員にどう評価されているか
あとがき
本書転載論文初出典一覧
参考文献
著者紹介
矢田俊文(やだ としふみ)
1941年新潟県生まれ,東京大学教養学科卒業。同大学院理学系研究科博士課程修了,理学博士。法政大学教授を経て1982年九州大学教授。九州大学副学長,経済学研究院長を歴任,2005年北九州市立大学学長。2009年公立大学協会会長,大学評価・学位授与機構評議員,2010年大学基準協会副会長。そのほか国土審議会委員(1998~2008年),九州地域戦略会議第二次道州制検討委員会委員長(2007~09年),経済地理学会会長(2000~06年),産業学会会長(2000~02年)を務める。『戦後日本の石炭産業』,『産業配置と地域構造』,『地域構造の理論』(編著),『21世紀の国土構造と国土政策』,『現代経済地理学』(共編著)など著書多数。
書評
学校経理研究会会誌「学校法人」平成22年12月号「Book Review」より評者 桜美林大学名誉教授 潮木守一
公立大学法人として独立性を確保
読者のほとんどが学校法人関係者の雑誌に、公立大学を取り上げることは奇異に映るかもしれない。しかし、公立大学法人をさまざまな工夫をしながら新しい形に変えていったこの記録には、私立大学法人につながるものが多くある。たとえば、地方財政が厳しくなるなかで教員数を12%も増員したという話には、多くの人がどうしてそのようなことができたのか、知りたくなることだろう。その具体的な手法は本書を読んでもらうことにして、それを可能にしたのは、公立大学法人として設置者から独立性を確保したからである。公立大学時代は市の定員管理のもとに置かれ、大学自身の責任と経営方針に従って教員の再編と増員を図ることなど、行政的にできなかった。ところが法人化することによって、「教員定員」といった縛りから解放され、大学自身の判断と責任で教員構成の再編成、増減員ができるようになった。
もう一つ具体例として、駅からのアクセスを便利にするため「モノレール通用門」を作ったという話が挙げられている。これもまた法人化の成果の一つで、施設の整備のために市側と折衝する必要がなくなり、大学独自のプランと資金調達によって整備できるようになったためである。このように国立大学も公立大学も、かつてとは異なってそれぞれ法人格を取得し、自主的な経営権を得たはずなのに、現状ではそのメリットを十分生かしているとは思えない。そのなかにあって著者は、新たな大学の設置形態の長所をさまざまに生かそうとしている。
「ミドルアップ」型改革
こうした改革を実現していくには、内部の組織改革が欠かせない。世間ではトップダウン型改革、ボトムアップ型改革と、さまざまなことが言われているが、著者が重視するのは「ミドルアップ」型改革である。40歳代の教授層の意見を吸い上げながら、それを中心に内部改革を実現していく。教授会自治の弊害は、教授達が悪いからではない。端的にいって老人支配になるからである。定年まで残り少なくなると誰でも保守的、保身的になり、頑固で強情で偏屈になる。そういう老教授に向かって若手が反対するのは難しい。そういう老人に支配された教授会では、時代の変化を取り入れながら改革を進めることは容易ではない。それと比較すれば、ミドル層こそこれから長年にわたってその大学とともに生きていかねばならないのだから、いやでも大学の将来に敏感にならざるを得ない。そのなかから将来に賭けるアイディアが生まれてくる。
悪平等、なれ合いを排す
教員評価もまた瑣末な計量主義を避けて、分かりやすいA,B,C段階制に切り替えたという。たしかに一部の大学をみると、科学的なのかどうか知らないが、やたらに細かな点数基準を作って、いかにも「教員評価をやっています」と自己宣伝しているだけではないかと思われるケースもある。また実施していると称しているだけで、その結果を活用していない。教授会主導でものごとを決めていくと、悪平等、なれ合いだけがはびこることは、大学人であれば誰でも知っているではないか。同僚同士で格差をつけることがどれほど難しいことか。しかし、誰がちゃんとやり、誰が怠けているのかは、同じ職場の同僚が一番よく知っている。それでいながら、予算配分の段になると、全員一律と決めるしかない。本書ではそうした壁をどうやって突破していったかが書かれている。本書は現職の学長の改革努力の奮戦記録である。そこには国公私を超えた学ぶべき点が数多く含まれている。
国立大学マネジメント研究会会誌「大学マネジメント」2011年1月号「大学マネジメントのためのBOOK DIGEST」より
評者 慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長 上杉道世
1 公立大学とは
私たちは日ごろ「国公私立大学」とよく口にするが、国立と私立はおおよそのイメージがつかめていても、公立についてどれほどのことを知っているだろうか。公立大学が地元にあるとか仕事でかかわっているとかであれば知っているが、そういうきっかけがないと知る機会がないということだろう。
しかし実は公立大学は、大学数は80校(国立は84校)、学生数は5%(国立は22%)を占めており、日本の高等教育の重要な構成要素となっている。それなのにイメージがあまりつかめないというのは、次のようないくつかの理由によるのだろう。
ほとんどの都道府県と政令指定都市に設置されているが、ないところもあり、逆に小規模の地方公共団体が設置しているものもあり、共通のイメージがつかみにくい。大学の規模や設置学部も様々であり、大規模総合大学から小規模単科大学までまさに多様性が特徴である。国との関係では、国立は運営費交付金、私立は私学助成という大きな予算があり予算編成のたびごとに話題となるが、公立は地方交付税の積算や競争的資金への参画がある程度である。それに応じて、国立大学協会、私立大学連盟、私立大学協会は何かと目立つ活動をするが、公立大学協会は地味である。全国レベルでは圧力をかけるべき相手がいないので、圧力団体になり得ていない。しかし近年、矢田会長の下で公立大学と協会のプレゼンスの向上に努力しているようだ。
一方これらの特徴は、利点にもなる。地方が設置するのだから、地方のニーズに応じて特徴のある大学の実現が工夫できる。教育研究活動においても、学問は普遍的なものではあるけれども、地域の特徴を生かした取り組みが進めやすい。経費のかなりの部分を地方公共団体すなわち地域住民に負担していただいているのだから、地域に貢献するという大学のミッションは明確である。
歴史的には、公立大学は国立(戦前は官立)大学の補完として捉えられることが多かった。地元に国立(官立)大学を誘致しようとして実現せず、篤志家の寄付や住民の募金により設置された公立大学が多く見られる。長らく大学の設置は国の仕事と考えられてきた。昭和22年に当時の占領軍からアメリカ的感覚で、国立大学を地方に移管してはどうかとの働きかけがあったとき、「地方行政当局は大学に対する十分な理解をもっていない」と国立大学関係者が反対したことが象徴的である。
しかし、大学進学率が上昇した1990年代以降は、高等教育を受けたいという住民の希望に応えることは地方公共団体の責務であるとの理解が広まり、公立大学の数も増加して今日に至っている。
2004年に、国立大学法人と同時に公立大学法人制度が発足した。ここでも制度の柔軟性と多様性への配慮があり、法人形態をとるかどうかは地方公共団体に任されている。現在は約7割の54公立大学が法人となっている。理事長と学長も国立大学法人のように一致を原則としているものの、一部の私立大学に見られるように分離してもよい。
公立大学運営上の重要ポイントは、住民の意思を背景とした首長あるいは議会とどう折り合いをつけていくかという点であろう。これは古くは自治の確立と民意の反映という一見矛盾する課題を追求した戦後大学改革の宿題でもある。いろいろな主張はあるだろうけれど、結局、首長や議会側にしても地域のニーズに応える大学の実現には優れた教育研究の展開が必要であり、そのためには大学の自主性を尊重しなければならない。大学側も地方の大きな財政負担により運営されていることを考えるとそれに応えるミッションあるいは説明責任はあり、それを十分考慮した教育研究の自主性の発揮が望まれる。平凡なことだが、知事と学長がよくコミュニケーションをとり、それぞれの立場を理解しあって取り組みを進めていくことが双方の利益となるだろう。
公立大学の歴史は高橋寛人著「20世紀日本の公立大学」(2010年、日本図書センター)に詳しく記述されていて、参考になる。
2 何が書いてあるのだろう
「北九州市立大学改革物語」を書いた矢田俊文氏は、九州大学で副学長・経済学研究院長として教学改革と移転統合を進め、2005年に法人化された北九州市立大学の初代学長として活躍し、公立大学協会の会長も勤めている方である。公立といっても、大学内部の取り組みについては国立、私立にも参考になる。目次を見るだけでも、教学主導の大学運営システム、教養と専門のバランスを重視した教学改革ー学部・学科再編、学生サポートシステムの再編強化、異文化交流キャンパスの構築、「地域貢献日本一」を誇る大学、地域振興の知的インフラ「北九州学術研究都市」を担うなど、他大学でも取り組むべき性格の課題が提示されている。
特に、法人化に伴い作成した中期目標・計画を教育、研究、社会貢献、経営の4分野に図示し、中央に教育研究組織・体制の整備を位置付けての2次元化、さらに誰がやるかと工程表を加えた4次元化としてやることを明確化した。さらに教学の担い手である教員の参加、特に若手教授たちが主導する「ミドルアップ形」とし、これに特別編成の職員組織である経営企画課が加わった。改革推進の真の要因は大学外の世論が批判してやまない「大学の自治」に基づく改革にあるとの筆者の言葉は印象的である。「任期制、厳しい個人評価、年俸制の3点セットという鞭によって『悪貨』を駆逐するより、『良貨』の流入を促進し、かつ流出を防ぎ、既存の教員の『良貨化』を期待するのが効率的である。」また、「169項目を個々にかつ順番に取り組む『直列方式』よりも、基本課題に焦点を当てて一気に取り組み、それによって副次的課題を同時に解決する『並列方式』のほうが短期間に改革を進めるコツである。」といった言葉は変革の実践に裏付けられており、説得力がある。
その結果、18歳人口減の中で4年連続志願者が増加し、学生満足度調査でも高い評価を得るに至っている。個々のノウハウもさることながら、取り組みの基本姿勢が参考になる。
3 残されている課題
本書の最後の方で、事務組織関係が「次期中期計画の最大の課題として残された」とされている。おそらくどの公立大学でも悩んでいることであろう。自治体から派遣されてくる職員は、大学の仕事を初めて経験する者が多く、数年のローテーションで人事異動してしまう。このため法人化した大学では、法人職員として独自採用を始めるケースが増えているが、将来のキャリアパスが見えにくく、自治体派遣の幹部との意思疎通に欠けるなどの悩みが聞かれる。
おそらく公立大学は程度の差はあれ自治体派遣の職員と法人採用の職員の両方で構成されていくだろう。両者の特徴を生かしつつ、良い点を伸ばしていくべきだろう。法人採用の職員は、大学の専門家として力をつけるとともに、あくまで公立大学に勤務している以上自治体との関係は重要であり、一定の年数自治体の関連部署を経験することなどが必要だろう。自治体派遣の職員は、大学初任者研修などで大学の特性の理解に努め、貢献度が高く希望のある者は繰り返し大学を経験するなど柔軟な人事運用が必要である。
これも人を育てる息の長い課題であり、注意深いケアーが必要である。