ヘスペルス あるいは四十五の犬の郵便日[新装版]

著者名
ジャン・パウル/恒吉法海 訳
価格
定価 10,340円(税率10%時の消費税相当額を含む)
ISBN
978-4-7985-0265-6
仕様
A5判 上製 712頁 C1097
発行年
2019年9月
その他
第35回 日本翻訳文化賞受賞
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内容紹介

『ヘスペルス』(1795年)はドイツの小説家ジャン・パウルの出世作である。「ヘスペルス」とは「慰謝」の「宵の明星」の意であるが、ジャン・パウルの筆名をドイツ人だからと言って、本名の「ヨーハン・パウル」に変えられないように、「希望」の「明けの明星」、「美」の「金星」も暗示していて、「ヘスペルス」と訳すしかない。

本作は最もジャン・パウルらしさの見られる語り手の奔放な脱線と物語の感傷性の併存する奇妙な混淆物である。

物語は『見えないロッジ』や『巨人』がそうであるように、フランス革命の影響を受けたドイツの青年達の愛と友情を軸に展開する。前景にあるのは主人公達の愛と友情であるが、背景には政治家の父親が控えている。中景にあるのは、風奏琴やフルートの音楽であり、絵画としては「聖セバスティアンの殉教」(三島由紀夫推奨)が印象的である。子供交換や蠟人形による哲学的自我の問題や教育問題も絡んでいる。革命はドイツの小国では不可能で、結局は上からの改革という妥協に終わる。

主人公ヴィクトルは全作品中最も現実のジャン・パウル本人に近いとされる。ヒロインは主人公を「イギリス人とフランス人の二つの部分から組み合わされているように見える」(189頁)と述べている。つまりスウィフトやスターン、それにルソーの組み合わせであろう。

革命と反革命のせめぎ合いの一例を現在に引き寄せて紹介すると、内部告発の問題が考えられよう。例えば、内部告発者は、本作の敵役マチューのように、これはわざとであるが、「世界が破滅しようと、正義のなされんことを」(475頁)と主張するかもしれない。しかし組織擁護論者は、「宮廷では体裁のいい嘘は許されるばかりでなく、要求される」(596頁)として押さえ込みにかかるであろう。特に日本のように同調圧力の高い所では、内部告発の処理は難しい問題である。角界、政界、財界、官界、学界で見聞する諸現象は、『ヘスペルス』で議論されているテーマが古びていないことを物語っている。

ちなみに三島由紀夫はジャン・パウルを知っていて、清岡卓行の芥川賞受賞の選評に「愛すべき作品であり、詩と思索と旅情と風景の織りまぜられたジャン・パウル風の散文である」(1970年)と述べている。

目次

   第一小冊子
 
 第三版への序言
 第二版への序言
 序言、七つの願いそして決議
 
第一の犬の郵便日
 五月一日と四日の違い  鼠の戦争画  夜景画  ズボンを約束された三箇連隊  
 内障針  この本の序曲と秘密の指示
 
第二の犬の郵便日
 大昔の話し  ヴィクトルの生活過程の規則
 
第三の犬の郵便日
 喜びの播種日  望楼  心の義兄弟
 
第四の犬の郵便日
 影絵師  クロティルデの物語上の姿  幾人かの廷臣と一人の崇高な人間
 
第五の犬の郵便日
 五月三日  音楽の上に座っている神父  小夜啼鳥
 
第六の犬の郵便日
 愛の三重の偽り  無くなった聖書とパフ  教会への参詣  読者との新たな協定
 
第七の犬の郵便日
 大きな牧師の庭  大温室  フラーミンの身分の昇進  家庭的愛の祝宴の午後  
 火花の雨  エマーヌエル宛の手紙
 
第八の犬の郵便日
 良心の試験委員会と諫止状  学者の研究の蜜月  博物標本室  包まれた顎  
 エマーヌエルの手紙  公爵の到着
 
最初の閏日
 条約は守られなければならないか、それとも結ぶことで十分か。  
 
第九の犬の郵便日
 天国の朝、天国の午後  壁のない家、家のないベッド
 
第十の犬の郵便日
 養蜂家  ツォイゼルの振動  プリンセスの到着
 
第十一の犬の郵便日
 プリンセスの引き渡し  接吻の略奪  調整器付懐中時計  一緒の愛
 
第十二の犬の郵便日
 北極の空想  奇妙な和合の島  先史から更にもう一篇  
 家の定紋としてのシュテティーンの林檎
 
第三の閏日
 人間についての天候観測
 
第十三の犬の郵便日
 卿の性格について  エデンの夕べ  マイエンタール  山とエマーヌエル
 
第十四の犬の郵便日
 哲学的なアルカディア  クロティルデの手紙  ヴィクトルの告白
 
第十五の犬の郵便日
 別れ

   第二小冊子
 
第十六の犬の郵便日
 馬鈴薯の造型家  聖リューネの輪止めの鎖  模型蠟  誤答法によるチェス  
 希望の薊  フラクセンフィンゲンへの同行
 
第四の閏日そして第二小冊子への序言
 アルファベット順の閏の枝葉
 
第十七の犬の郵便日
 治療  公爵の宮殿  ヴィクトルの訪問  ヨアヒメ  宮廷の銅版画  殴打
 
第十八の犬の郵便日
 クロティルデの昇進  微行の旅  上級狩猟監視人の請願書  宗教局の使者  
 フラクセンフィンゲン人の判じ絵
 
第十九の犬の郵便日
 肺病ではなく歌中毒の理髪師  ヴィクトルの夢の中のクロティルデ  
 教会音楽についての付録  シュターミッツの庭園コンサート  
 ヴィクトルとフラーミンの諍い  慰めの得られない心  エマーヌエルへの手紙
 
第二十の犬の郵便日
 エマーヌエルの手紙  フラーミンの肩の果物画  聖リューネ行き
 
第五の閏日
 番外枝葉の索引の続き
 
第二十一の犬の郵便日
 ヴィクトルの往診  娘の多い家  二人の阿呆  回転木馬
 
第二十二の犬の郵便日
 愛の鋳造、例えばプリントされた手袋、口喧嘩、矮小な瓶、切り傷  
 愛の学説彙纂からの一節  マリー  接見日  ジューリアの遺書
 
第二十三の犬の郵便日
 クロティルデへの最初の訪問  蒼白さ  赤み  陶酔期
 
第二十四の犬の郵便日
 脂粉  クロティルデの病  イフィゲーニエの劇  市民階級の恋と聖禄受給者の恋の違い
 
第六の閏日
 人類の砂漠と約束の地
 
第二十五の犬の郵便日
 クロティルデの偽りの失神と真の失神  ユーリウス  神についてのエマーヌエルの手紙
 

   第三小冊子
 
第二十六の犬の郵便日
 三つ子  ツォイゼルと彼の双子の兄  上昇する鬘  悪事の打ち明け話し
 
第二十七の犬の郵便日
 目の包帯  ベッドのカーテンの奥の絵  二人の有徳者の危機
 
第二十八の犬の郵便日
 復活祭
 一日目の復活祭、牧師館への到着  三つ子のクラブ  
 二日目の復活祭、自らに対する弔辞  蠟人形の二つの対照的運命
 三日目の復活祭、F・コッホの二重のハーモニカ[口琴]  橇の遠乗り  舞踏会
 
第三小冊子への序言
 
第七の閏日
 番外枝葉の索引の終わり
 
第二十九の犬の郵便日
 改宗  時計の恋文  紗の帽子
 
第三十の犬の郵便日
 手紙
第三十一の犬の郵便日
 クロティルデの手紙  夜の使者  友情の絆の裂け目と切れ目
 
第三十二の犬の郵便日
 ヴィクトルとフラーミンの容貌  友情の沸点  我々にとっての素晴らしい希望
 
最初の聖霊降臨祭の日(第三十三の犬の郵便日)
 喜びの警察の規則  教会  夕方  花の洞
 
二日目の聖霊降臨祭の日(第三十四の犬の郵便日)
 朝  尼僧院長  水面  黙した名誉毀損の裁判  雨と晴れた日
 
三日目の聖霊降臨祭の日あるいは第三十五の犬の郵便日あるいはブルゴーニュ酒の章
 イギリス人  野の舞踏会  至福の夜  花の洞
 
四日目の最後の聖霊降臨祭の日(第三十六の犬の郵便日)
 ヒアシンス  エマーヌエルの父の声  天使の手紙  墓地でのフルート  
 第二の小夜啼鳥  別れ  霊の出現
 

   第四小冊子
 
第四の序言
 あるいは私の気に入らないあれこれの批評に対する強引な反批評
 
第九の閏日
 器官に対する自我の関係についてのヴィクトルの論文
 
第三十七の犬の郵便日
 宮廷での情愛をこめて[アモローソ]  結婚式の仮協定  宮廷的背かがみの擁護
 
第三十八の犬の郵便日
 崇高な夜半前  至福の夜半後  穏やかな宵
 
第三十九の犬の郵便日
 大いなる打ち明け話し  新しい別れ
 
第四十の犬の郵便日
 殺害の決闘  決闘の救出  牢獄を神殿と見て  牧師のヨブの嘆き  
 この伝記の先史からの噂、馬鈴薯植え
 
第四十一の犬の郵便日
 手紙  運命の二つの新しい転機  卿の信仰告白
 
第四十二の犬の郵便日
 犠牲  地球への別れの言葉  死を想え  散歩  蠟の心臓
 
第四十三の犬の郵便日
 マチューの四日の聖霊降臨祭と記念祭
 
第四十四の犬の郵便日
 兄弟の愛  友人の愛  母親の愛       
 
第四十四の犬の郵便日の補遺
 無  
第四十五あるいは最後の章
 クネフ  ホーフの町  紅栗毛の馬  盗賊  眠り  誓い  夜の旅  
 茂み  終わり。……
 
訳 注
 
『ヘスペルス』解題
 
あとがき

著者紹介

ジャン・パウル
 
ジャン・パウル(Jean Paul:1763-1825)はドイツの作家。ドイツ文学史上印税だけで生活し得た最初の作家とされる。本名はヨハン・パウル・フリードリヒ・リヒター(Johann Paul Friedrich Richter)であるが、筆名は敬愛したジャン・ジャック・ルソーにちなむ。それ以上に敬愛した作家は英国のスウィフトやスターンであり、諷刺家と感傷家の両面性を有する。バイロイト侯国の田舎の地で牧師の息子として生まれ、父の死後は家庭教師をしながら作家を目指した。『見えないロッジ』でモーリッツに見いだされ(1792年)、成功して行ったが、生誕の地や牧歌的子供時代への憧れは終生消えることがなかった。

恒吉法海(つねよし のりみ)
 
1973年、東京大学大学院独語独文学修士課程修了。
九州大学名誉教授。
 
著書
 『ジャン・パウル ノート』(九州大学出版会、1984)
 『続 ジャン・パウル ノート』(九州大学出版会、2003)
 
主要訳書
 ジャン・パウル『ジーベンケース』(九州大学出版会、2000)
        『彗 星』(九州大学出版会、2002)
        『生意気盛り[新装版]』(九州大学出版会、2018)
        『レヴァーナ あるいは教育論[新装版]』(九州大学出版会、2018)
 ヘルマン・グラーザー、ヨーハン・シュレンク『ジャン・パウル エッセンス』(共訳、同学社、2012)

学術図書刊行助成

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